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15【夜の勘違い】

 俺とチルチルはアサガンド商店を出ると、サン・モンの町を見て回った。


 この異世界の知識が俺には足りていない。それを早く学ばねばならないからだ。転売ヤーとはいえ、商売で稼ぐならば必要な努力だろう。


 それから俺たちは町並みを眺めながら、いろいろな店を回った。商店に入り品物を眺め、露店も回ってリサーチを重ねる。


 そして、大通りを見ていて気づいたことがあった。


 チルチル曰く、獣人は差別されていると聞いていたが、稀ではあるものの、案外通りには獣人の姿が見られるのだ。耳や姿を隠さずに堂々と歩いている。


『なあ、チルチル――』


「なんですか、シロー様?」


『街並みに獣人の姿が見られるが、なぜ堂々としているんだ。差別とか、大丈夫なのか?』


「彼らは雇い主がはっきりしているから問題無いのですよ」


『はっきりしている?』


「男性なら整ったスーツ、女性ならメイド服を着ているでしょう。あれはお金持ちの執事かメイドだからですよ」


『なぜ執事やメイドだと堂々とできるんだ?』


「お金持ちに仕えているってことは、彼らを襲ったら、その金持ちの財産を盗もうとしたことになるからです」


『なるほどね。バックにいるご主人様が怖いってわけか……』


「整った身なりの獣人は、所有物ですからね。獣人は奴隷です。物です。財産です。そこだけは変わりませんが、身の安全は確保されるってわけです」


 俺はチルチルのフードで隠れた顔を覗き込みながら訊いてみた。


『チルチルはどっちがいい? その格好とメイド服?』


「この洋服はシロー様がくれたものですから、嬉しいです。でも、街ではメイド服のほうが安全だと思います。この服で獣人だとバレたら、また攫われるかもしれませんし……」


『なるほどね、複雑だな』


「複雑なんです……」


『よし、それじゃあ街用にメイド服でも買いに行くか。普段はその洋服で過ごして、町中ではメイド服で過ごせばいいんじゃないか』


「それもありだと思いますが、私にはメイド服を買うお金がありませんから……」


『メイド服は労働用の制服だ。俺が経費で落としてやるよ』


「本当ですか? メイド服は普通の洋服よりも高いですよ」


『かまへんかまへん。よし、これから洋服屋に行ってメイド服を買うぞ。それと散髪だ。髪の毛もボサボサだったから整えよう!』


「はい……」


 なんともチルチルは恥ずかしそうに振る舞っていた。しかし、そんなの関係ない。俺はチルチルを引っ張って洋服屋を探す。


 そして、見つけた洋服屋に入ると、子供用のメイド服を買った。しかし、チルチルが言う通りで、メイド服は値段が張った。普通の私服に比べて五倍の値段だった。そのくらいしないと、お金持ちの所有物であることを証明できないのだろう。


『まあ、必要経費だから、しゃあない』


 そして、さっそくチルチルにメイド服を着てもらう。


『か、可愛い!』


「そ、そうですか……」


 さらに散髪屋に行き、髪型も整えてもらう。そして、カチューシャを被ってもらった。


『さらに可愛いじゃねえか!!』


「もう、シロー様……」


 とにかく、照れるメイド服姿のチルチルは可愛かった。ロリコン趣味がない俺ですら、頬擦りしたくなるほどである。特に白髪にカチューシャが不思議とよく似合う。獣耳ともよく合っている。


 なんだか俺は、新しい性癖に目覚めてしまったかもしれない。


 そして、日が暮れ始めた。


『さて、そろそろ今晩泊まる宿屋でも探すか』


「はい、シロー様」


 俺は手頃そうな宿屋を見つけて入ってみる。そこは一階が酒場の宿屋だった。ファンタジーでよく見られる、一階が酒場で二階が宿屋という作りである。


 まだ昼間だというのに、酒場には客が多くいた。その中には武具で武装している者もいる。顔つきも堅気でない風貌が多い。とにかく、ガラが悪い。


 俺は野郎どもの視線を集めながらカウンターに進む。怯えるチルチルは俺に寄り添って離れない。


 まあ、獣耳メイドを連れた怪しい仮面の大男が入ってきたら、注目を集めてもおかしくないだろう。さらには俺は異国のメンズウェアを着込んでいるのだ。服装からして異常である。


『済まない、マスター。部屋を借りたいのだが――』


 俺はアニメで観たテンプレート的な台詞で酒場のオヤジに話しかけてみた。痩せた酒場のオヤジは、190センチの俺を見上げながら答える。


「うちはシングルベッドの部屋しかないよ」


『構わん』


「はっ!」


 チルチルが目を見開いて驚いている。酒場のオヤジも冷めた目で俺を見ていた。俺は何かおかしな回答でもしてしまったのかと首を傾げる。


「一晩45ゼニルだ。お代は前金だよ。飯を食べるなら下の階まで降りてきな。ルームサービスなんてないからよ。それと、夜に騒ぎすぎるなよ」


『分かった。ならば先に三日分払うよ』


「毎度あり……。部屋は二階の三番目だ……」


 そう言いながら、酒場のオヤジは大きな鍵を一つ差し出した。この時代の鍵は大きすぎる。なんとも古風だった。


 その鍵を受け取ると、俺は前金を払ってから階段を登って借りた部屋を目指す。その後にチルチルが続く。


 その際、酒場の客とすれ違ったのだが、その客が小声で「このゲス野郎が……」と呟いていた。その顔は、ウジ虫でも見るかのように冷たかった。


 俺は首を傾げながらも部屋を目指す。そして、部屋に入るとチルチルに言った。


『態度の悪い客ばかりだな、この店は』


「ぅ……」


 しかしチルチルは頬を赤くさせながら俯いたまま、顔を上げない。さらにモジモジしている。


『じゃあ、チルチル。ベッドは一人で使っていいからね。俺はちょっと買い物に出るからさ。朝には帰ってくるよ』


「は、はい……」


 その後、俺はゲートマジックで現実世界に帰る。そして、俺がいないところでチルチルが安堵のつぶやきを漏らしていた。


「夜な夜なシロー様のお相手をしないといけないのかと思っちゃった……。私ったら、もう……」


 何か勘違いがあったらしい。その勘違いに気づいていなかったのは俺だけのようだった。



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