143【甲冑騎士の覚醒】
ブラッドダスト城、地下研究室。
ガラスケースの中に築かれた大きな繭を前に、虎娘ティグレスと兎娘ラパンがテーブルで向かい合いながらチェスを嗜んでいた。少し離れたソファーに腰掛けたパンダ娘シスコは、黙々と編み物に励んでいる。
ビショップの駒を前に進めながら、ラパンが言った。
「チェックメイトよ、ティグレスちゃん!」
「ちょっと待った。ラパン、ちょっと待ってくれ!!」
「またなの〜、ティグレスちゃんたら〜」
編み物の手を休めたシスコが呟く。
「また負けたのかしら。本当に弱いわね、ティグレスは……」
三人のメイドたちは、巨大繭の監視を言い付けられていたのだが、六時間も何も起きないと飽きてきて、暇を持て余していた。もう一時間もすれば夜明けである。
暇を紛らわせるためにチェスを始めたが、あまりにもティグレスが弱すぎて勝負にならない。先ほどからラパンの圧勝が続いており、ティグレスは一度も勝てていない。
やはり頭を使う競技は、ティグレスには向いていないようである。
その間も、ガラスケースの中の巨大繭は微動だにしない。叩いても揺すっても反応はない。沈黙だけが続いていた。
ラパンが長い耳を繭に当てて中の音を聞いてみたが、音すらしない。鼓動どころか呼吸音さえ聞こえなかった。
それゆえ、三人は監視という任務をダラダラと続けていた。暇で仕方がない。だから趣味でないチェスなんて始めたのだ。
そもそも三人は、動いていたころの甲冑騎士を知らない。報告でしか聞いておらず、その内容も「恐れるに足らないモンスター」という程度だった。
推測では、昆虫系のモンスターがヤドカリのように甲冑に住み着き、糸で甲冑を操って動いているのだろうと予想されていた。
ヴァンピール男爵の見立てでは、心臓に宿っている何かが本体ではないか、という話だった。
だから、モンスターが動き出したら心臓を狙えとも言われている。
戦闘力も低く見積もられていた。せいぜいリビングアーマー兵と同等か、それより僅かに強い程度。少なくとも、暁の冒険団五名で討伐可能なモンスターだというのが報告だった。
正直なところ、ティグレスは暁の冒険団を舐めていた。三流とまでは言わないが、二流の冒険者と見ていた。戦闘力も、並よりわずかに強い程度だと思っている。
シスコもそこまで見下してはいなかったが、やはり強いとは思っていなかった。
そんな連中が倒したモンスターなのだからと、三人は甲冑騎士を甘く見ていた。
しかし――繭は異様なまでに強固だった。刃物は通らず、火も寄せ付けない。蝋燭の炎で炙っても、焼けるどころか焦げることすらなかったのだ。魔法耐久まで備えている。
そのため、孵化を待つ方針に切り替えた。孵化したら討伐すればいい、と高をくくっていた。
どうせ弱いモンスター。ヴァンピール男爵も、そう考えていた。
だが、その余裕が仇となる――。
キングの駒を摘み上げたラパンの手が止まった。横を向き、巨大繭を凝視する。
その様子に気付いたティグレスが問うた。
「どうした、ラパン?」
「今ね。何か音がしたような……」
ティグレスが席を立ち、横に置いてあったスレッジハンマーに手を伸ばす。その顔は微笑んでいる。
「やっと、お目覚めかな?」
シスコも編み物を置き、ハルバードを手に立ち上がる。
「間違いない。何か音がするわ――」
ラパンも左腕にバックラーを装着し、腰のショートソードを抜いた。中腰で身構える。
やがて、地下研究室に「メキメキ」と、木材でも砕くような鈍い音が響く。音の発生源はもちろん、ガラスケースの中の巨大繭。中のモンスターが繭を破って出てこようとしているのだろう。
「出てくるわよ!」
「おうよっ!」
三人の戦闘メイドが身構える。熱い視線で巨大繭を見守る。
その時、繭から鋭い閃光が走った。繭の内側から放たれた斬撃。一太刀で、上から下へと繭の正面を真っ二つに切り裂いた。
そして、その裂け目を両手で広げながら、中から人型の甲冑騎士が姿を現す。
右足から一歩踏み出し、やがて全身が繭から這い出てくる。
堂々たる歩みで繭を出て、ガラスケースの外に立った甲冑騎士。それは、元々ガラスケースに収納されていた、女性用のフルプレートメイルの姿だった。
銀色に神々しく輝くその鎧からは、凄まじい魔力のオーラが放たれていた。おそらくは、フルプレートそのものに宿っていた魔力だろう。
右手にはロングソード。左腕にはカイトシールド。そして背には、威厳を感じさせる赤いマントを纏っている。
ティグレスが呟いた。その額には冷汗が浮かぶ。
「なんか……思ったよりヤバいのが出てきたぞ……」
「そうみたいね……」
シスコも同意し、ハルバードを強く握り締める。
三人には、悟れていた。
「この鎧騎士……強いぞ……」
その刹那、ヘルムの奥でピンク色の単眼が光る。三人を睨みつけるように。
次の瞬間、単眼の輝きが増したかと思うと――眼光から巨大なビームが放たれた。それは、まるで戦艦が撃つような太く巨大な光の波動砲だった。
「なにっ!?」
「ウソっ!?」
極太のレーザー光線が、右から左へと薙ぎ払うように研究室内を光熱の閃光で炙る。
次の瞬間、地下研究室は焼け野原と化した。大火災である。




