141【甲冑騎士の解剖】
甲冑騎士がシローに撃退された晩。その遺体は、ヴァンピール男爵のブラッドダスト城地下工房に運び込まれていた。
そこは、ヴァンピール男爵が魔法研究やリビングアーマー兵を作り出すために設けられた作業場である。
地下室は石造りの壁が剥き出しで、壁際には複数のリビングアーマーのパーツが転がっている。本棚には、書物やスクロールが乱雑に積み重ねられていた。さらに、ホルマリン漬けされた謎の生物が瓶詰めにされて並んでいる。
部屋の天井付近には、魔法の光が輝いていた。ライトの魔法である。
そこは、いかにも魔法使いの怪しい研究室といった感じの部屋だった。
そのような陰気臭い地下室の真ん中。テーブルの上に、甲冑騎士の遺体が置かれていた。
複数の攻撃で破損した身体は、惨たらしい。
顔の真ん中に、細かな拳型の陥没跡。
喉には、杭でも刺されたかのような太い傷。
顎は粉砕されて潰れている。
両足の太腿部分は、バットで幾度も殴られたかのように複数凹んでいる。
さらに、単眼が抉られ、瞳が飛び出し、その瞳は眼神経だけで眼底と繋がっていた。
左肩には甲冑を貫いた刺し傷。右肘、左爪先にも同様の刺し傷がある。
脇腹に深い切り傷。鳩尾にも、拳の跡がはっきりと残っていた。
甲冑騎士の遺体は、メッタメタのボッコボコである。複数の人物に徹底的なリンチでも受けたかのような激しい損傷だった。
「これは、酷いな……」
「そうですね……」
テーブルの上に置かれた謎のモンスターを眺めながら、ヴァンピール男爵と戦闘メイド長のシアンが遺体を見下ろして話していた。その後ろに狐娘のルナールが控えている。
「それにしても、このモンスターは、何でしょうか?」
「私も見たことがないモンスターだね。まさに新種だよ」
ヴァンピール男爵は、片手用戦斧と一体化した甲冑騎士の右手を持ち上げ、観察しながら述べる。
「片腕が武器と一体化している。武器を離さないように糸で縛って固定しているのだろうか?」
肩の弾痕を覗き込みながら、シアンが述べた。
「傷口からは一滴も血が流れていませんね。そもそも血液が流れていないのでしょうか?」
「この白い皮膚は、すべて繊維状の糸のような物のようだね。その下に骨のような骨格が存在しているようだ。神経や血管は見当たらないね」
「鎧を外してみましょうか?」
「頼むよ」
主に言われて、シアンと狐娘のルナールが甲冑騎士の胸当てを外そうと、固定しているベルトを緩める。
「ベルトまで、糸で補強されていますね……」
「外せるかい?」
「千切ります」
シアンが両手に力を込めて白い糸を引き千切る。そして、甲冑の胸当て部分を外す。メリメリと粘着質な音を立てながら胸当てが剥がされた。
「まるで、蜘蛛の巣みたいですね……」
「身体全体が糸の集合体で形成されているようだね。ほとんど昆虫の繭のようだ」
「切りますか?」
「メスを頼む――」
するとルナールが、ヴァンピール男爵に小さなメスを手渡した。男爵は甲冑騎士の胸にメスを入れ、大きく胸を開いてみせた。
筋肉のように構成された一層目を剥ぐと、二層目に肋骨の層が見えてくる。
「肋骨はあるね。でも、この骨は、何か変だね。純粋な骨とは少し違う」
「この骨も、まるで何重にも糸を束ねて強度を保っているような感じですね」
「じゃあ、次は内臓を見てみよう。――ノコギリ」
ヴァンピール男爵に言われて、ルナールが今度はノコギリを手渡した。そのノコギリで甲冑騎士の肋骨を切り取っていく。そして、パカッと肋骨を蓋のようにはぐった。
「あれれ、内臓が、無いぞ〜」
「「――……」」
ヴァンピール男爵のつまらないオヤジギャグに、ふたりのメイドが無言で固まった。気まずい空気が地下室に流れる。
その寒々しい空気を無視して、ヴァンピール男爵が甲冑騎士の体内を両手で漁る。
「肺も無い。胃袋も無いな。食道すら無いぞ……」
「このモンスターは、食べないし、呼吸もしないってことですか?」
「そうなるね――」
さらに体内を探るヴァンピール男爵が、唯一の内臓器官を見つける。それは、心臓であった。
「おや〜、心臓はあるぞ」
そう言いながらヴァンピール男爵は、心臓を摘み取ると体内から引っこ抜く。
それは、やはり白い糸で作られたかのような心臓だった。動いていない。そして、石工のような心臓だった。
ヴァンピール男爵が白い心臓を掲げながら言う。
「これが人工物なら、なかなかの出来だよ」
「男爵様は、これが作り物だとおっしゃるのですか?」
「私には、これが大自然の恵みだとは思えないね。天界や魔界の代物にも見えない」
「人が作りし物?」
「それに、この甲冑――。私が作ったリビングアーマーの鎧だよね」
「おそらく……」
「ルナール。ゴブリン戦で投入したリビングアーマーは、すべて回収したんだよね?」
「ティグレスとラパンからは、全機回収との報告を受けていますが……もしかしたら、漏れがあったかもしれません。なにせ、あの二人の仕事ですから……」
「すまんが、ルナール。後で君が再チェックしてくれないかね。ちゃんと全機揃っているかを」
「はい、畏まりました……」
そして、ヴァンピール男爵は持っていた白い心臓をシアンに手渡すと述べる。
「シアン、これはホルマリン漬けにしておいてくれ。身体も保護魔法で冷凍して」
「畏まりました」
心臓を受け取ったシアンが頭を下げると、ヴァンピール男爵はハンカチで手を拭きながら地下室の階段を登っていく。
「ちょっと僕は朝ご飯を食べてくるから、続きは食後にしよう。暁の冒険団には、他にも同じ奴が森にいないか捜索を頼んでおいてくれ。今度は、できるだけ無傷で捕獲してくれってね。もう、死体なら要らないよ」
「畏まりました」
ヴァンピール男爵が地下室を出ていくと、シアンはホルマリンが入った瓶に白い心臓を入れる。それからルナールと二人で地下室を出て行った。
静かな無人の地下室――。
本棚に置かれたホルマリン漬けの瓶。その瓶に入れられたばかりの白い心臓がユラユラと動き出す。そして、ホルマリン漬けの中で瞳が開いた。心臓の表面に瞳が開いたのだ。
その瞳は周囲を観察する。そして、誰もいないことを確認すると、ホルマリン漬けの瓶を割って外に飛び出す。
白い心臓は、瞳をギョロつかせながら地下室の床を徘徊した。それから、部屋の隅に置かれていたガラスケースの前で止まった。
まじまじとガラスケースの中を見上げる白い心臓の瞳。ガラスケースの中には、女性用のフルプレートメイルが飾られていた。
その女性用甲冑からは、強大な魔力が感じられた。おそらく、甲冑のほとんどがマジックアイテムなのだろう。これは、かなり優れたマジックアイテムである。
白い心臓は、そのガラスケースを割ると、女性用甲冑の中に潜り込んでいった。今度は、この鎧と融合するらしい。




