140【甲冑騎士の最後】
俺を背にして、指の関節をポキポキと鳴らしながら威嚇するブランが、前へと歩みを進める。そして、ボロボロの甲冑騎士の前で立ち止まった。
片や、身長が2メートル近い鎧騎士。ヘルムこそ脱がされているが、その他の甲冑は健在である。全身には焼け焦げや複数の傷が見られ、右手には戦斧を握っていた。
片や、身長か170センチほどの乙女。長いピンク色の髪をポニーテールにまとめ、白い空手着を身に纏っている。足元は裸足。腰にはホワイトベルトを締めていた。
睨み合う甲冑騎士と、異世界での一番弟子ブラン。ピンク色に輝く単眼と、能天気に微笑むサイコパスの眼差しが火花を散らしていた。
どうやら甲冑騎士も理解しているようだ。この乙女を倒さねば、俺に辿り着くことはできないと――。
そして、二人を囲む暁の冒険団たちが、戦いやすいように輪を広げるよう後退していく。
甲冑騎士が右手の戦斧を前に出し、構えを取る。それに呼応するように、ブランも構えを築いた。
両拳を頭上より高く構え、両肘で頭部だけを守るようなガードの姿勢。下半身は軽やかに跳ねながらステップを刻んでいた。リズムを取っている。
『下半身が、ガラ空きだな――』
背後から見ていた俺がそう呟いた瞬間、甲冑騎士が先手を取る。
振り抜かれたのは、中段逆水平の胴斬り。斧が、ブランの隙だらけの腹を狙っていた。
しかしブランは、素早く腹を引いて斬撃を紙一重で躱す。続けざまに、甲冑騎士の顔面めがけてロングフックを放った。
だが、大振りの拳は難なく躱される。振りが大きすぎて、動きが読まれていた。
『ブラン。振るな、突け!』
俺のアドバイスを背に受け、ブランが前へ出る。突進に合わせて、甲冑騎士が袈裟斬りを振り下ろす。
「ふっ!」
その袈裟斬りの軌道をわずかに反らして、ブランは回避。そして懐に潜り込む。
さらには踏み込みと同時に、腰を深く落としてからの上段正拳突きを放つ。
捻り込まれた拳が甲冑騎士の顔面に打ち込まれ、ガツンという鈍い音が響く。瞬時に拳が引き戻された。
『そうだ。それでいい!』
元々のブランの攻撃は、野生児じみたスタイルだった。本能のままに繰り出される、威力ばかりの乱雑な攻撃ばかり。
だからこそ、まず教え込んだのは直突き――真っ直ぐに打ち込む打撃技だった。
フック系の振り技は、動作の“起こり”が分かりやすく、ヒットまでに時間もかかる。だが、直突き系はそれが少なく、初弾を当てるには有利だ。
フック系は、相手の体力を削った後に当てれば良い。繋ぎ技とフィニッシュブローは、明確に区別すべきなのだ。
「ふう〜ん!」
正拳突きを食らってよろめく甲冑騎士に、ブランが大振りのフックを狙う。しかし、甲冑騎士は後退しながらそれを躱す。
『ブラン、まだ早い。もっと刻め!』
「はいだす!」
元気よく返事をしたブランが、邪武で甲冑騎士を追い詰める。俺のアドバイス通り、左ジャブを連打して、相手の顔面を小刻みに叩く。
合間に強烈なローキックを織り交ぜ、太腿を蹴りつける。その攻防が、しばらく繰り返された。
『よしよし、教科書通りの攻めだ!』
ジャブ、ジャブ、ローキック。
ジャブ、ジャブ、ジャブ、ローキック。
リズムよく刻まれた連撃が、甲冑騎士の体力を確実に削っていく。動きが明らかに鈍くなってきていた。
そして何度目かのジャブの連打――その最後が、ローではなく、ハイキックに変化した。
「ジャブ、ジャブ、ハイキック!」
『ナイスタイミング!』
大振りの上段廻し蹴りが、見事に甲冑騎士の頭部を捉えた。甲冑騎士は足を揃えて、横向きに倒れ込む。
「やりました、スロー様!」
『喜ぶのが早い。とどめのサッカーボールキックだ!』
「はいだす!」
後方に大きく足を振りかぶったブランが、エースストライカーのようなキックで、倒れている甲冑騎士の頭を狙う。
だがその瞬間、倒れていた甲冑騎士が戦斧を振るい、ブランの軸足を狙った。その一閃で、ブランの脛が裂けた。
「きゃっ!?」
可愛らしい悲鳴を上げたブランが、前のめりに倒れ込む。その脛からは血が滲んでいた。その隙を突いて、甲冑騎士が立ち上がる。
『喜ぶのが早すぎるんだ。ちゃんととどめを刺さなきゃ、こうなるんだよ!』
そう言いながら、倒れているブランを飛び越えた俺は、空中でスピンしてから、甲冑騎士に飛び後ろ廻し蹴りを叩き込む。その蹴りを肩で受けた甲冑騎士が、2メートルほど吹き飛ばされた。
『どうだい、俺のローリングソバット!』
「ふにゅ〜……助かりました、スロー様……」
切られた脛を庇いながら、ブランが立ち上がる。その足は道着が裂け、赤く染まっていた。
『プレートル、ブランにヒールを頼む』
「分かり申した!」
怪我をしたブランに駆け寄ったプレートルが肩を貸し、安全な距離まで下がってからヒールで治療を始める。
俺は二人を見送ってから、ゆっくりと振り返った。そこには、単眼で睨みを利かせる甲冑騎士が立っていた。だが、その足元はふらついている。ブランの一撃のダメージが、まだ残っているようだ。
『まあ、わずかだが、愛弟子の成長が見られたから良しとするか――』
そう呟いて前進する俺に、甲冑騎士が斧を振りかぶって襲いかかってきた。頭上より高く戦斧を掲げ、間合いに入った俺へ振り下ろす。
刹那のジャブ――。
それは、ブランのジャブよりも速く、観戦していた暁の面々にも見えないほどだった。まるで、フラッシュの瞬きのように。
その瞬速のジャブが狙ったのは、戦斧を握っていた甲冑騎士の右手首だった。それでも振り切られた斧を、俺は軽く躱してみせる。
そして斧を振った後、ようやく甲冑騎士も気づいた。自分の右手首が、ぶらりと折れて垂れ下がっていることに――。
そこからは一瞬だった。俺の連撃が、瞬く間に五撃繰り出される。
股間を狙った掬い前蹴り。
鳩尾へのボディーブロー。
喉仏への貫手。
そして、Vの字を形どるように構えた目突きが、顔面に突き刺さる。
さらに、その二本の指で瞳を挟み込むように掴み、引き抜いた。
『これで、終わりだ!』
最後は全力で振り切るアッパーカット。顎を跳ね上げられた甲冑騎士の体が宙に浮く。1メートルほどの高さから、地面へと崩れ落ちた。
『押忍! フィニッシュ、完了!』




