表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

146/263

140【甲冑騎士の最後】

 俺を背にして、指の関節をポキポキと鳴らしながら威嚇するブランが、前へと歩みを進める。そして、ボロボロの甲冑騎士の前で立ち止まった。


 片や、身長が2メートル近い鎧騎士。ヘルムこそ脱がされているが、その他の甲冑は健在である。全身には焼け焦げや複数の傷が見られ、右手には戦斧を握っていた。


 片や、身長か170センチほどの乙女。長いピンク色の髪をポニーテールにまとめ、白い空手着を身に纏っている。足元は裸足。腰にはホワイトベルトを締めていた。


 睨み合う甲冑騎士と、異世界での一番弟子ブラン。ピンク色に輝く単眼と、能天気に微笑むサイコパスの眼差しが火花を散らしていた。


 どうやら甲冑騎士も理解しているようだ。この乙女を倒さねば、俺に辿り着くことはできないと――。


 そして、二人を囲む暁の冒険団たちが、戦いやすいように輪を広げるよう後退していく。


 甲冑騎士が右手の戦斧を前に出し、構えを取る。それに呼応するように、ブランも構えを築いた。


 両拳を頭上より高く構え、両肘で頭部だけを守るようなガードの姿勢。下半身は軽やかに跳ねながらステップを刻んでいた。リズムを取っている。


『下半身が、ガラ空きだな――』


 背後から見ていた俺がそう呟いた瞬間、甲冑騎士が先手を取る。


 振り抜かれたのは、中段逆水平の胴斬り。斧が、ブランの隙だらけの腹を狙っていた。


 しかしブランは、素早く腹を引いて斬撃を紙一重で躱す。続けざまに、甲冑騎士の顔面めがけてロングフックを放った。


 だが、大振りの拳は難なく躱される。振りが大きすぎて、動きが読まれていた。


『ブラン。振るな、突け!』


 俺のアドバイスを背に受け、ブランが前へ出る。突進に合わせて、甲冑騎士が袈裟斬りを振り下ろす。


「ふっ!」


 その袈裟斬りの軌道をわずかに反らして、ブランは回避。そして懐に潜り込む。


 さらには踏み込みと同時に、腰を深く落としてからの上段正拳突きを放つ。


 捻り込まれた拳が甲冑騎士の顔面に打ち込まれ、ガツンという鈍い音が響く。瞬時に拳が引き戻された。


『そうだ。それでいい!』


 元々のブランの攻撃は、野生児じみたスタイルだった。本能のままに繰り出される、威力ばかりの乱雑な攻撃ばかり。


 だからこそ、まず教え込んだのは直突き――真っ直ぐに打ち込む打撃技だった。


 フック系の振り技は、動作の“起こり”が分かりやすく、ヒットまでに時間もかかる。だが、直突き系はそれが少なく、初弾を当てるには有利だ。


 フック系は、相手の体力を削った後に当てれば良い。繋ぎ技とフィニッシュブローは、明確に区別すべきなのだ。


「ふう〜ん!」


 正拳突きを食らってよろめく甲冑騎士に、ブランが大振りのフックを狙う。しかし、甲冑騎士は後退しながらそれを躱す。


『ブラン、まだ早い。もっと刻め!』


「はいだす!」


 元気よく返事をしたブランが、邪武で甲冑騎士を追い詰める。俺のアドバイス通り、左ジャブを連打して、相手の顔面を小刻みに叩く。


 合間に強烈なローキックを織り交ぜ、太腿を蹴りつける。その攻防が、しばらく繰り返された。


『よしよし、教科書通りの攻めだ!』


 ジャブ、ジャブ、ローキック。


 ジャブ、ジャブ、ジャブ、ローキック。


 リズムよく刻まれた連撃が、甲冑騎士の体力を確実に削っていく。動きが明らかに鈍くなってきていた。


 そして何度目かのジャブの連打――その最後が、ローではなく、ハイキックに変化した。


「ジャブ、ジャブ、ハイキック!」


『ナイスタイミング!』


 大振りの上段廻し蹴りが、見事に甲冑騎士の頭部を捉えた。甲冑騎士は足を揃えて、横向きに倒れ込む。


「やりました、スロー様!」


『喜ぶのが早い。とどめのサッカーボールキックだ!』


「はいだす!」


 後方に大きく足を振りかぶったブランが、エースストライカーのようなキックで、倒れている甲冑騎士の頭を狙う。


 だがその瞬間、倒れていた甲冑騎士が戦斧を振るい、ブランの軸足を狙った。その一閃で、ブランの脛が裂けた。


「きゃっ!?」


 可愛らしい悲鳴を上げたブランが、前のめりに倒れ込む。その脛からは血が滲んでいた。その隙を突いて、甲冑騎士が立ち上がる。


『喜ぶのが早すぎるんだ。ちゃんととどめを刺さなきゃ、こうなるんだよ!』


 そう言いながら、倒れているブランを飛び越えた俺は、空中でスピンしてから、甲冑騎士に飛び後ろ廻し蹴りを叩き込む。その蹴りを肩で受けた甲冑騎士が、2メートルほど吹き飛ばされた。


『どうだい、俺のローリングソバット!』


「ふにゅ〜……助かりました、スロー様……」


 切られた脛を庇いながら、ブランが立ち上がる。その足は道着が裂け、赤く染まっていた。


『プレートル、ブランにヒールを頼む』


「分かり申した!」


 怪我をしたブランに駆け寄ったプレートルが肩を貸し、安全な距離まで下がってからヒールで治療を始める。


 俺は二人を見送ってから、ゆっくりと振り返った。そこには、単眼で睨みを利かせる甲冑騎士が立っていた。だが、その足元はふらついている。ブランの一撃のダメージが、まだ残っているようだ。


『まあ、わずかだが、愛弟子の成長が見られたから良しとするか――』


 そう呟いて前進する俺に、甲冑騎士が斧を振りかぶって襲いかかってきた。頭上より高く戦斧を掲げ、間合いに入った俺へ振り下ろす。


 刹那のジャブ――。


 それは、ブランのジャブよりも速く、観戦していた暁の面々にも見えないほどだった。まるで、フラッシュの瞬きのように。


 その瞬速のジャブが狙ったのは、戦斧を握っていた甲冑騎士の右手首だった。それでも振り切られた斧を、俺は軽く躱してみせる。


 そして斧を振った後、ようやく甲冑騎士も気づいた。自分の右手首が、ぶらりと折れて垂れ下がっていることに――。


 そこからは一瞬だった。俺の連撃が、瞬く間に五撃繰り出される。


 股間を狙った掬い前蹴り。


 鳩尾へのボディーブロー。


 喉仏への貫手。


 そして、Vの字を形どるように構えた目突きが、顔面に突き刺さる。


 さらに、その二本の指で瞳を挟み込むように掴み、引き抜いた。


『これで、終わりだ!』


 最後は全力で振り切るアッパーカット。顎を跳ね上げられた甲冑騎士の体が宙に浮く。1メートルほどの高さから、地面へと崩れ落ちた。


『押忍! フィニッシュ、完了!』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ