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139【甲冑騎士の復活】

 時間帯は異世界で昼前。


 俺は店の前でブランと一緒に、空手の稽古に励んでいた。チルチルは店内で裁縫に取り組んでいる。ブランのメイド服を作っているのだ。その横、日当たりの良いカウンターの上では、ニャーゴが黒い矮躯を丸めて寝転がっていた。本物の猫のように、熟睡している。


 チルチルが裁縫で作っているのは、ブラン用のメイド服である。暁の面々が町に出た際、生地だけは買ってきてくれたのだ。それを使ってメイド服を縫っている。


 チルチル自身のメイド服は、サン・モンで購入した。しかし、ヴォワザン村でファミリアになったブランにはメイド服が用意できず、いまだに私服にエプロン姿のままだった。しかも、このあたりには洋服屋すらない。


 ここピエドゥラ村や隣のヴォワザン村では、メイド服が売っていない。だから生地だけ買ってきて、チルチルが「自分が作る」と言い出したのだ。もうすぐ完成するだろう。


「んん〜〜……」


『ふっ、ふっ、ふっ――』


 店の前で柔軟体操に励む俺とブラン。白い道着の二人は、木柵の柱に片腕をついて逆立ちしていた。


 珍しく仮面もフードも被らず、髑髏の素顔を晒している俺は、片腕逆立ちの体勢で股を大きく開き、T字の姿勢を作ると、片腕で腕立て伏せを繰り返す。


 その横では、同じく片腕逆立ちの姿勢で、ブランが柔軟体操を行っていた。トレーニング前のウォーミングアップである。


 ブランは、右脚を真っすぐに立てたまま、左脚だけを股関節から横に曲げ、つま先で自分の頭に触れる。そして戻すと、今度は右脚で同じ動きをする。


 これは、腕力、バランス感覚、柔軟性のすべてを備えていなければできない芸当だった。


 ブランは、この手の身体能力において、生まれつきの才能がある。俺が教えたわけでもないのに、曲芸のようなことをやってのけるのだ。まさに天性の素質だろう。このセンスだけは、俺よりも上である。


『よ〜し、準備体操はこんなもんで終わりだ。次のトレーニングに入るぞ』


「はいだす!」


 俺が柵の上から降りて着地すると、ブランは軽業師のように跳ね上がり、膝を抱えて二回転する。そのまま両足を揃えて、体操選手のように綺麗に、音もなく着地した。俺よりも遥かに可憐な芸当である。


 軽業に関しては、ブランのほうが確実に上だ。これだけは、俺でも敵わない。


『んっ?』


「あっ、暁の方々ですね」


 俺とブランが次のトレーニングに入ろうとしたところで、向かいの道を暁の冒険団が歩いてくるのが見えた。しかも、即席のタンカーで何かを運んでいる。


「タンカーで誰かを運んでいますね。誰か怪我でもスたのでしょうか?」


『いや、五人とも揃ってるぞ?』


 様子が気になったブランが興味に引かれて子供のように駆け寄っていく。俺もその後を追った。


「皆さ〜ん、何かありまスたか〜?」


『よう、ろくでなしども。何かあったのか?』


「いきなり酷い言いようじゃのぉ……」


『んっ、なんだこれ?』


 俺はタンカーに乗せられて運ばれていた物を指差して訊いた。それは、白いタイツに鎧を着込んだ変質者のような風貌だった。しかも、生気がない。まったく動いていない。


 ティルールが俺の問いに答えた。


「フラン・モンターニュの森で見つけた魔物よ。もう死んでるわ」


『こんなの運んでどうするんだ?』


「ヴァンピール男爵に見せるの。私たち、フラン・モンターニュの生態調査を依頼されてるのよ。見たことのない変な魔物を見つけたから、死体を持ち帰ったの」


『へぇ〜、そうなんだ――』


 すでに戦闘を経ているのか、その魔物はボロボロだった。被っていたはずのヘルムはベコベコに凹み、頭の横に置かれている。


 全身は焼け焦げたように煤だらけ。左肩、右肘、左足の甲には、矢で射抜かれた痕がある。


 右手には片手用の戦斧が握られており、その柄は白い糸で腕に巻きつけられ、まるで一体化しているようだった。


 そして何より、頭部が陥没している。これが致命傷だと思われた。


 一対五で、一方的にやられたのだろう。哀れなものだ――。


『それにしても、一方的にボコったみたいだな〜』


 そう呟いた刹那だった。死体の単眼が唐突にピンク色に輝いた。息を吹き返す。その目が、俺の顔をじっと睨んでいた。


 そして、タンカーの上で上半身を起こした甲冑騎士が、片腕を伸ばして俺の腕を掴もうとしてきた。


 俺はとっさに腕を引き、間一髪で回避した。その瞬間、タンカーを支えていた男たちが驚いて手を離し、甲冑騎士ごとタンカーが地面に落ちる。


 それでも甲冑騎士はすぐさま起き上がろうとした。その動きに合わせ、俺は片膝を突き出し、膝蹴りを顔面に叩き込む。


 すでにヘルムを脱がされていたその顔面は、膝をもろに受けて地面を転がる。それでも、すぐに立ち上がった。


「おい、生き返ったぞ!」


「まだ死んでなかったんかい?」


 暁の面々が各自、武器に手を伸ばす。しかしそれより早く、甲冑騎士が右手の戦斧を振るって俺に襲いかかってきた。


 至近距離にいた冒険団を無視して俺に狙いを定めたところを見るに、こいつの狙いは完全に俺だ。


 ならば、と俺も遠慮なく迎え撃つ。振るわれた戦斧よりも早く、前蹴りで腹部を蹴りつけ、動きが鈍ったところに正拳突きを顔面に叩き込んだ。


 顔面を再び陥没させて倒れる甲冑騎士。暁の面々が彼を囲み、武器を構える。


 それでも立ち上がる甲冑騎士は、周囲を気にせず、俺だけを単眼で睨んでいた。完全に狙いは俺だけのようだった。


 俺は甲冑騎士を睨み返しながら、暁の冒険団たちに声をかける。


『ちょっと待ってくれ、皆。どうやらこいつは、俺に用があるらしい。ここは、俺に獲物を譲ってくれないか?』


「いや、まあ、それは構わんが……」


 エペロングが了承してくれたので、俺はゆっくりと後退する。そして、ブランの後ろに身を隠す。


 そして、耳打ちするように、ブランに囁いた。


『ブラン、ちょうどいい相手だ。俺が教えた空手で、こいつをやっつけろ!』


「畏まりまスた、スロー様!」


 異世界での一番弟子、ブラン・ノワが、指の関節をポキポキと鳴らしながら一歩前に出た。その顔には、サイコパス的な笑みが浮かんでいた。



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