138【甲冑騎士の敗北】
うつ伏せの状態からのシールドアタックは、横振りの裏拳を思わせる軌道でバンディの頭部を横殴りにした。
「ぐはっ!?」
寝た体勢からの攻撃だったが、不意を突かれたバンディは、その一撃で倒れ込む。彼も片膝立ちだったため、ろくにディフェンスが取れなかったのだろう。
「まだ、生きとるんか!」
すぐそばに立っていたプレートルが、動き出した甲冑騎士に追い打ちを放つ。倒れている甲冑騎士の顔面を縦振りのメイスで打ち据えた。もろにメイスは命中する。
メイスで殴られたヘルムの正面が陥没し、さらに後頭部を地面に叩きつけた。ガンっガンっと二度続けて音が響いた。
しかし、その衝撃でシーソーのように跳ね上がった下半身が高く浮き上がり、その打天から蹴りを放ってきた。下から跳ね上がってきた蹴りは、スイングの威力を乗せてプレートルの頭部をオーバーヘッドキックのように蹴り飛ばす。
「ッガハ!!」
予想外の蹴りを食らったプレートルも倒れる。鋼のブーツがめり込んだプレートルのこめかみからは、わずかに鮮血が滲んでいた。
不意打ちで二人を倒した甲冑騎士が、ゆらりと立ち上がる。だが、その足は震えていた。ダメージの蓄積はあるようだ。
ベコベコに変形したヘルム。斧を握った手で、切り裂かれた脇腹を庇っている。その様子を見る限り、少なからずダメージは通っているようだ。まったくの無痛の化け物というわけではないらしい。
立ち上がった甲冑騎士に、無音の踏み込みからエペロングが斬り掛かった。
「聖剣十字斬り!」
長剣をクロスに振るうエペロングの二段斬り。甲冑騎士は、十字の斬撃をカイトシールドで受け止めた。
耳障りな金属音が二度響く。
しかし、力負けしたのは甲冑騎士だった。左腕に装着したカイトシールドが十字に裂かれ、四等分に砕け散る。腕に縛り付けていた革紐も切れ、バラバラとシールドの破片が落ちた。
だが、甲冑騎士は、カイトシールドを犠牲にして、利き腕の戦斧を素早く振るう。甲冑騎士の片手斧がエペロングの頭を狙った。
そして、その戦斧の一撃が直撃するかと思われた瞬間だった。甲冑騎士の肘に矢が突き刺さり、攻撃の手が止まる。関節分を射抜かれ動きが止まったのだ。
甲冑の隙間に突き刺さった矢は、肘を貫通していた。その矢を放ったのは、もちろんティルールである。
すかさず、エペロングが身を屈めてスウェーバックで後方に下がる。その頭上を越えて、大きな火球が飛んでくる。それはマージが放ったファイアーボールの爆発系魔法だった。
甲冑騎士はファイアーボールを回避しようと大きく身を屈め、跳躍の体勢をとった。その刹那、つま先を矢で撃ち抜かれる。足の甲を貫通した矢が片足を地面に固定してしまった。
直後、ファイアーボールが甲冑騎士に命中する。鎧が爆炎に包まれた。
「あちっ、あちあちっ!!」
「ひぃ〜〜!!」
すぐそばに倒れていたプレートルとバンディが爆炎に巻き込まれ、悲鳴を上げながら転がり逃げる。その眼前で、全身を炎に焼かれた甲冑騎士が火達磨となって立ち尽くしていた。
マージが呟く。
「どうじゃ、儂の爆炎魔法は――。効くだろう!」
暁の冒険団が、燃え上がる甲冑騎士を見守っていると、その鎧は燃え盛ったまま仰向けにバタリと倒れ込んだ。そして、炎を上げたまま動かなくなる。
「あれ、死んだのか?」
「そのようじゃのぉ」
「呆気ないな。もっと骨のある怪物かと思ったのによ」
「アイスブレス――」
マージが冷気の吐息で燃え盛る炎を鎮める。やがて火は消えた。それでも死体からは、焦げ臭い煙が立ち上っていた。
起き上がったバンディが、二段式警棒で丸焦げの死体を突っつきながら慎重に生死を確認する。何度も突いてみたが、反応はない。
「今度こそ、死んだのか〜……?」
さらに確認を重ねるバンディは、耳を甲冑騎士の胸に当てて鼓動を探った。
「心臓は……動いてないな……」
「呼吸は?」
「無い」
「どれ、ヘルムを取ってみようぞ」
「素顔のお披露目ね〜」
そう言ってプレートルが、ベコベコに変形したヘルムを外した。
すると、ヘルムの下からは、白い繭に包まれたかのような頭が現れた。眉間の中央に、死んだ魚のような瞳が一つだけついている。しかし、鼻はなく、口もない。耳も無い。髪の毛も生えていない。まるで包帯で顔を覆ったミイラ男のようだ。
「なんだ、この魔物は?」
「マージ、見当はつくか?」
「さ〜のぉ〜。儂にも見当がつかんわい……」
「マミーじゃないのかしら?」
「アンデッドの気配ではなかったぞい」
「未知の魔物なんじゃねえのか。とりあえず、男爵に報告すべきだと思うぞ」
「だな――」
それから暁の冒険団は、森の中から木々や蔓を集め、即席のタンカーを作った。それに甲冑騎士の死体を乗せ、森を後にする。そのまま死体を運び、ブラッドダスト城を目指した。




