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134【脱退宣言】

 プレートルがヴァンピール男爵のブラッドダスト城から帰ってきたのは深夜だった。シローの店の横にテントを張って陣を組んでいた暁の冒険団も、全員が就寝している様子だ。消された焚き火からは、わずかに煙が上がっている。


 シローの店を覗いてみたが、店内からは明かりが漏れていない。こちらも全員眠っているのだろう。


 眠らないシローは、また外出でもしているのか、店内からは気配すら感じられなかった。彼はアンデッドの気配を垂れ流しているから、居ない居るは、神官のプレートルに取っては、すぐに分かるのだ。


 それに、あの御仁が夜になるとゲートマジックで母国へ帰るのは、よく知っていた。だから、今も留守なのだろう。


「皆には、明日にでも話すか――」


 そう呟いたプレートルもテントに潜り込むと、鎧を脱ぎ、寝袋に入って眠りについた。


 そして、朝が来た。テントから出たプレートルの目に、早起きのティルールが焚き火を起こし、鉄鍋でお湯を沸かしている様子が映った。すでに朝食の準備を始めているようだ。


「おはよう、ティルール。さすが狩人、朝が早いな」


「あら、おはよう、プレートル。貴方こそ――」


 挨拶に挨拶を返したティルールは、鍋の中を木のお玉でかき混ぜながら言った。鍋には、野菜くずが煮込まれている。


「早朝はね、案外と狩りに良い時間帯なのよ。――ウサギを狩ってきたわ。これを朝食にしましょう」


 そう言ってティルールは、両耳をつかんで獲物をプレートルに見せ、にっこりと微笑んだ。


 ティルールが暁の冒険団に加わって、もう何年になるだろうか。彼女は入団以来、ほとんど毎朝のように朝食を調達してくる。朝の食事当番は、ほとんど彼女の役目となっていた。


 彼女は自称・狩人なだけあり、狩りが得意だ。両親も田舎の砦の弓兵兼狩人だったらしい。だから彼女も弓が得意なのだろう。


 ティルールがウサギを捌いていると、暁の面々が続々と起床してテントから出てくる。そして、プレートルやティルールに挨拶を交わすと、少し離れた小川へ顔を洗い、歯を磨くために向かっていった。


 小川の浅瀬でバンディが歯を磨いている横に、起きたばかりのエペロングが並んだ。エペロングは歯磨き用の木の枝を噛みほぐしながら、バンディに挨拶をする。


 この異世界では、歯磨きに木の枝を使うのが一般的だ。「歯みが木」と呼ばれる木の枝の先を噛みほぐし、ブラシのようにして歯を磨くのだ。もちろん、歯磨き粉などはないのが普通である。


「バンディ、おはよう」


「ほはよふ、へぺほんぐ。モグモグモグ」


「んん……?」


 エペロングが隣のバンディを見て驚いた。スカーフェイスの男が見慣れない道具で歯を磨いており、口元からは白い泡が漏れ出ている。


「バ、バンディ……。口から泡が出てるぞ……」


「ほれは、はみはひこだよ」


「はみはひこ?」


「んん〜……」


 うまく伝わっていないと感じたバンディは、しゃがみ込むと川の水で口をすすぎ、泡を洗い流してから言い直した。


「これは歯磨き粉だ。シローの旦那の店で買ったんだ」


 今度は片手に持ったブラシ状の棒を指さし、エペロングが尋ねる。


「そっちは、なんだ?」


「これは歯ブラシだ。これもシローの旦那の店で買った優れもんだぜ」


「歯ブラシ……」


 棒の先端、横の部分に白い毛のようなものが植えられている。どう見ても自然の物には見えない。そもそも、持ち手はプラッチックだ。この世界には存在しない石油製品である。


 歯ブラシと歯磨き粉を絶賛するバンディ。


「これ、すごいんだぜ。歯がピカピカのツヤツヤになるんだ!」


 そう言ってバンディが歯を見せて笑う。その歯は見事に白く、艶やかに輝いていた。こんなに白い歯は滅多に見られない。羨ましい白さだった。


「いくらしたんだ?」


「二つで250ゼニルずつ。合わせて500ゼニルだ」


 安いのか高いのか微妙だが、便利なのは間違いない。


 歯磨きを終えたバンディは川から離れ、キャンプに戻っていった。


 一人残ったエペロングは、手にした木の枝を見つめて考え込む。


「……俺も買おうかな……」


 しばらくして、歯磨きを終えたエペロングがキャンプに戻ると、最後に起きてきたらしいマージが、寝ぼけ眼で焚き火にあたっていた。


 マージの身なりはだらしない。ローブを羽織っただけで、長髪はボサボサ、化粧もしていない。眠いのか、目は半開きだ。時折ティルールが話しかけても「あ〜、あ〜……」と気のない返事を返すばかりで、まだ頭が眠っているようだ。


 その隣では、マージの使い魔のカラス・コルボも、主と同じく眠たそうにふらふらしていた。鳥なのに間の抜けた姿だった。


 そして、ティルールが捌いたウサギの肉を鍋に入れながら言った。


「朝ごはんは、もうちょっと待ってね。お肉が煮えたら完成だから」


「「「「うぃ〜〜っス」」」」


 しばらくしてウサギ鍋が完成した。それをティルールが各自の器にお玉でよそい、プレートルの器にもウサギ汁を盛りながら尋ねた。


「ねえ、プレートル。昨晩、ヴァンピール男爵に呼ばれてたわよね。何かあったの?」


「ああ、それについて皆に話したいことがある……」


 そう言って席に戻ったプレートルは、器のウサギ汁を見つめながら言った。


「すまんが、皆……」


「「「「「んん?」」」」」


「そろそろ、拙僧は……暁の冒険団を抜けようと思う………」


「「「「ッ!!!???」」」」


 唐突な脱退宣言に、全員がウサギ汁のスプーンを止めて固まっていた。



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