14【サン・モンの町】
俺とチルチルの二人は、サン・モンの町に近づく前に変装をして姿を変えた。
チルチルはフード付きのパーカーで獣耳を隠し、俺はフードに黒狐面を被って正体を偽った。
これで俺がスケルトンだったり、チルチルが獣人だとはバレないだろう。たぶん――。
「次の者、どこから来た。何者だ?」
防壁のゲートをくぐろうと行列ができている。俺たちもその列に並んだ。
『不味いな……』
入り口の手前で門番が検問のようなことをしてやがった。たぶん、仮面を被った俺は怪しまれるだろう。絶対に止められると思う。
「次っ」
俺たちの番だ。案の定、俺は門番に止められた。外見が怪しすぎるのだろう。
「な、なんだ、その仮面は……。貴様、何者だ!」
やはり俺の黒狐面を見た門番が引いていた。警戒されまくっている。
『私は異国から来た商人です。昔、野盗に襲われて顔の皮を剥がされましてね。とても人に晒せる顔を持っていませんので……』
そう述べながら、俺は黒狐面をずらして顎先だけを見せてみた。すると門番の顔色が青くなる。
「う、うう……」
俺の骨顎をチラ見した門番はさらに引いていた。骨がむき出しの顎が気持ち悪いのだろう。
「んん……?」
すると今度は門番がチルチルに注目する。パーカーのフードで頭を隠していたが、それがかえって怪しかったのかもしれない。
「この娘は?」
『私の連れです』
するとチルチルが呟く。
「メ、メイドです……」
「なるほど、メイドか――」
言いながら門番はチルチルを凝視していた。そして、彼女を指差しながら言う。
「その手に持っているカラフルな器はなんだ?」
「こ、これは……」
チルチルはカップラーメンの容器を背中の後ろに隠して俯いた。取られると思って怯えている。
そんな彼女から俺はカップラーメンの容器を取り上げた。
「あっ!!」
『この器は私の国で使われている特殊な器です。良かったら差し上げますよ』
賄賂作戦だ。この時代ならば妥当な作戦だろう。
「まことか!」
『はい』
釣れた。素人でも釣れたぜ。
「シロー様、それは……」
チルチルが悲しげな視線を俺に向けている。
『まあ、後で同じ物をやるから』
「ですが……」
「よし、通っていいぞ」
『ありがとうございます』
作戦成功である。こうして俺たちは無事に防壁のゲートをくぐれた。しかし、チルチルは泣きそうな表情をしていた。カップラーメンの容器を取られたのが、相当ショックだったのだろう。
チルチルは曇った顔で述べる。
「あれは、初めてシロー様からもらった宝だったのに……」
『済まなんだ……。今は我慢してくれ。穴埋めはちゃんとするからさ』
チルチルは俯いたまま返答しなかった。完全に不貞腐れている。これは早めにご機嫌を取らないとまずいだろう。
俺はポケットから飴ちゃんを取り出すとチルチルにあげる。どこにでも売っている一袋いくらの飴玉であった。
『飴ちゃんだ、舐めな』
「アメ……」
チルチルは首を傾げながらも飴を口に運ぶ。そして、ペロリと舐めると瞳を輝かせた。
「甘いでぇしゅ!!」
『口に含んでレロレロしながら食べるんだ』
「はい、レロレロレロレロ〜」
よし、機嫌が直ったっぽい。チョロいぜ。
『とりあえず、まずは塩を売れる場所を探さなければ……』
チルチルはほっぺを飴玉で膨らませながら可愛らしく言う。
「それなら、大店を探したほうが良いと思います。小さな店だと、それほどまでに高価な塩を買い取れないかもしれませんから。レロレロレロレロ」
『お、おう……』
「あそこなんて、ちょうど良いかもしれませんね。レロレロレロレロ」
チルチルが指さしたのは三階建ての大きな店だった。雑貨屋の類らしい。
俺たちは店の扉をくぐり、店内に進む。するとカウンターにいた店番のオヤジが俺の姿を見て引いていた。
「あ、あの〜、何用で御座いましょう……?」
手揉みをしながら声をかけてくる店主に、俺は塩袋を開いて見せた。
『これを買い取ってもらいたいんだが?』
「こ、これは……」
店主は驚いた後、俺たちを奥の部屋に招き入れた。ソファーセットがある部屋に案内され、しかも紅茶まで出された。
俺がソワソワしていると、後ろに控えていたチルチルが耳打ちしてくる。
「シロー様、安心してください。歓迎されていますから」
『そ、そうなの……』
店主は手揉みを続けたまま述べる。
「本日はアサガンド商店にお越しいただき、感謝します。私めは店主のピノーと申します」
『私はシローと申します。連れはチルチルです』
チルチルがパーカーの裾を摘みながら、丁寧にお辞儀する。もう飴は舐め終わったようだ。
「それで、本日の取引は塩で御座いますね」
『ああ、そうだ。500グラムあるはずだが、いくらで買い取ってもらえるのかな?』
「少しばかり拝見させてもらっても良いでしょうか?」
『どうぞ』
俺は塩袋を差し出した。するとピノーは天秤を持ち出し、重さを量り始める。その作業が終わると、満面の笑みで言ってきた。
「たしかに500グラムございますね。何より、かなりの上等品。これならば高く買い取らせてもらいますぞ」
『で、いくらなのさ?』
「一袋、3000ゼニルでいかがでございましょう?」
俺が了解しようとした刹那、後ろからチルチルが耳打ちしてくる。
「この手応えなら、もっと高く売れますよ」
ならばと俺は『4000ゼニルでどうでしょうか』とふっかけてみる。
するとピノーが続く。
「それでは、お互いの間を取って3500ゼニルでいかがでしょうか」
さらにチルチルが俺に囁く。
「3800ゼニルで――」
俺は一つ頷くと、ピノーに『3800ゼニル』と述べた。
「シロー様には敵いませんな。ならば3700ゼニルでいかがですか?」
俺が振り返り、チルチルの顔色を窺うと、彼女がコクリと頷いた。
『では、3700ゼニルでお願いします』
「ありがとうございます、シロー様!」
それで俺たちオジサン同士は、固い握手を交わした。
でも、なんだか俺が交渉したというよりも、チルチルの手の上で踊らされていた感が拭えなかった。
そして、さらにピノーが訊いてきた。
「シロー殿は旅人なのですか?」
『はい』
「ならば、次にサン・モンへ訪れるときには、ぜひとも我が商店にお越しくださいませ。また同額で塩を買い取りますぞ」
『それなら、塩の在庫がございます。それもお持ちいたしましょうか?』
本当は無い。なので必要な在庫数を訊いてから買いに行くつもりだ。
「どれほどの在庫がございます?」
『どれほどの量なら、買い取れますか?』
「あと十袋ほどなら、買い取れますぞ」
『ならば、明日、十袋――5キロ分の塩を持ってきます』
「誠ですか!」
『誠です』
こうして、さらに37,000ゼニルが確定した。合計で40700ゼニルだ。なかなか良い滑り出しである。




