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133【幼虫の成長】

 フラン・モンターニュ下層部の森の中。


 時間帯は夜。夜空には七つの月が朧げに輝いていた。森の中からは、さまざまな虫の音色が聴こえてくる。


 少し前まではゴブリンたちが占領していた森の食物連鎖は、すでに正常に戻っていた。頂点に君臨するのは、群れならダイアウルフ。単独ならワイルドベアだろう。どちらも野生に近いモンスターである。


 その他に、リンゴやオレンジの木も侮れない。彼らは凶暴である。昼間ならば討伐は困難を極めるだろう。


『キィーキィー……』


 それは、蜘蛛の足を思わせる八本の足をバタつかせながら、森の中を徘徊していた。まるで昆虫のように歩いている。


 レボリューションシードの殻を破って生まれ出た、眼球のような魔物は、生まれてすぐに下層部の森に落ち、ずっと薄暗い森の中を徘徊していたのだ。


 そして、森の中で出会った小型の昆虫を捕食して生き延びてきた。その身体は、少しずつ大きくなっている。


 現在の大きさは、胴体が野球のボールほどのサイズ。その丸い体型から、蜘蛛の足のような蔓が八本生えており、それで巧みに移動している。移動速度はさほど速くはないが、飛んだり跳ねたりもできるし、垂直な壁すら歩ける。まさに、蜘蛛の歩行である。


 眼球のような胴体は、頭部がそのまま眼であり、その下には三日月形の口が開いていた。口の中にはギザギザの歯が刃物のように並び、喉の奥からはカメレオンのような長い舌が伸び出ていた。


 その舌を器用に使って、虫などを狩って捕食しているのだ。


 捕食方法も豪快だ。バッタなどを舌で巻き取って口内に引きずり込み、バリバリと硬い音を立てながら食べてしまう。硬い甲羅をもつカブトムシだろうが、クワガタムシだろうがお構いなし。まるで肉食獣のようだった。


『キィーキィー……』


 彼は探している――。


 それは、宿主。有能な宿主である。


 彼は植物であるが、実際のところ寄生虫に近い生態を持っている。


 不道徳な魂の色を定め、適した宿主に寄生する。そして、その個体に与えられた役目を果たす。それは、まるで遺伝子にプログラミングされたかのような生態――。


 そう、彼は作られたのだ。研究室で遺伝子を改良され、顕微鏡で体内を覗かれ、好き勝手に弄り回された。だから命令には忠実だ。


 しかし、その自覚は、彼自身にはまったくない。


 自分がなぜ生まれ、なぜ生きるのか――そんな疑問を抱けるほど、彼はまだ賢くない。なぜなら、彼はまだイモムシのような幼虫と同じ存在だからだ。幼いのである。


 蝶は、自分が少し前まで蛹だったことを覚えているのだろうか?


 蛹は、自分が幼虫だった記憶を抱えながら眠っているのだろうか?


 幼虫は、将来蝶に生まれ変わって大空を羽ばたく夢を見ながら生きているのだろうか?


 それらは謎だが、眼球のモンスターは知っていた。あるキーワードだけは、頭に刻まれていたのだ。


【宿るべき優秀な宿主を探せ。そして、シローに挑め】


 それが、彼が生きていくために最大限努力しなければならない目標である。生きるすべての理由である。


 なぜそのような努力をしなければならないのか、本人は理解していないが、彼にとって生きるとは、その目標に向かって進むことだった。


 だから、森の中を徘徊しているのだ。


『キィーキィー……』


 そして、手頃な宿主を見つけた。


 それは、大木にもたれかかりながら朽ち果てた甲冑の姿だった。フルプレートの戦士である。


 両膝は破壊され、両足は少し離れた場所に転がっている。


 左腕はカイトシールドを装備したままだったが、右腕は肘のあたりから失われていた。その千切れた右腕が、戦斧を握り締めたまま向かいの木に突き刺さっている。


 胸には粗末な矢が二本突き刺さっている。頭のヘルムはへこんでベコベコだった。


 しかし、中身は空である。その代わり、背中部分に魂が揺らめいていた。まだ心が残っているのだ。


 それは、ゴブリン砦討伐作戦に投入されたリビングアーマーの亡骸だった。


『キィーキィー』


 眼球は、リビングアーマーの朽ちかけた身体を吟味するように探った。それは、ヤドカリが新しい貝殻を吟味するかのように真剣だった。


 空洞の内部を覗き込むと、背中の内側に刻まれた小さな魔法陣を発見する。そこが中心核だと悟り、あまつさえ丁度良く伺えた。


 温もり、柔らかさ、座り心地――それらを確かめ、「悪くない」と結論付けた。眼球は体内に侵入を試みる。


 リビングアーマーの体内に陣取った眼球のモンスターは、その丸い体から触手を伸ばし、甲冑の手足を汚染していった。


 触手は蔓と化してリビングアーマーの全身を内側から支配し、今度は手足の千切れた隙間から外へと伸びて、近くに転がる手足を回収し始めた。


 やがてリビングアーマーは五体を取り戻した。


 しかし、それだけでは眼球は満足しない。さらに触手を伸ばしてリビングアーマー全体を繭のように包んでしまったのだ。


 リビングアーマーの身体は繭に包まれ、木の根元に大きな繭が作り上げられた。そして、そのまま動かなくなる。


 今は、眠る時間だ。


 蛹が、蝶に生まれ変わるまでのクールタイムである。変体が開始された。



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