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132【小さな夢】

 夜のピエドゥラ村、ブラッドダスト城。


 レゾナーブル・ド・ヴァンピール男爵5世の客間。


 そこに暁の冒険団の神官戦士であるプレートル・マルタン(30歳)が一人だけ呼び出されていた。


 呼び出しを受けてプレートルは、少し早めにブラッドダスト城に参上していた。客間のソファーに腰掛けながら一人で紅茶を飲んでいる。


 少し長い髪をオールバッグに纏め、口髭と顎髭は短く切り揃えられている。神官着の上に着込んだ上半身だけのプレートメイルは、数々の冒険を共にして来ただけあって、随分と使い込まれていた。もう、寿命が近いころだ。買い替えも考えるころだろう。


 腰に下げた神官用のメイスも、初めて教会に神官と認められた際に司祭様から頂いた物を今でも使っている。もう、手に馴染んだ武器である。このメイスだけは、鎧と違って買い替えるわけには行かない。自分が神官である証明なのだから――。


 冒険者になって、早十二年が過ぎた。暁の冒険団に加わって十年は経っただろう。


 その十年の間に、メンバーは随分と変った。リーダーであるエペロングも二代目のリーダーである。


 そもそも、最初っから居る古参のメンバーはプレートルとマージだけだろう。これも、年月の流れである。


 古い仲間は、何人かは死んだ。冒険中に、何かしらの理由で死んだのだ。それも、冒険者なのだから仕方が無いことである。


 死なずに年齢や怪我を理由に、去って行った者も少なくない。死ぬまで冒険者を続けられない者が居るのも当たり前のことだ。それが、人生だ。冒険者だ。


 夢は、志半ばで、潰えることもある。


「ふぅ〜……」


 プレートルの夢は、自分の教会を持つことだった。神官ならば、珍しくない目標である。


 しかし、それは、難しい目標だ。一般国民であるプレートルに取っては、大出世の夢である。


 いくら徳を積んでも、富を積んでも、叶わない夢だってある。


 ギィ〜〜っと軋む音を立てて扉が開いた。すると、黒いマントを羽織ったヴァンピール男爵が客間に入って来る。


 静かな足取り。黒いオールバッグ。青白い痩せ顔。整った黒いスーツ。貴族らしい身形で、指や手首には金銀財宝の装飾品が輝いていた。


 そして、自分がアンデッドのバンパイアだと隠す素振りすら見せていない。口元から鋭利な刃をちらつかせていた。


 プレートルはヴァンピール男爵と面識はある。シローの店で仲良く酒を飲み交わした仲であった。


 ヴァンピール男爵は、自分がアンデッドでありながらも、それを隠していない。それどころかフランスル王国に承認されたバンパイアと大っぴらに公開している。


 しかも、彼がバンパイアであることは、一般国民の間ですら有名な事実である。


 ピエドゥラ村は、獣人が無条件で住める救済の地だが、当主はバンパイアであると有名なのだ。だから、一般人は避ける者も少なくない。故に村は辺鄙だ。


「やあやあ、プレートル神官殿、良く来てくれた」


 腕を広げながら歩み寄るヴァンピール男爵は、満面の笑顔だった。薄暗い部屋に灯されたシャンデリアの明かりが、それを怪しく引き立てる。


 プレートルはソファーから立ち上がると軽く会釈した。それから二人は握手を交わす。


 プレートルはヴァンピール男爵の手が冷たいと思った。まるで氷像と握手を交わしたような気分だった。


 それにしても、神官とバンパイアにしては、フレンドリーな関係性であった。不思議である。


「まあ、座って話しましょう」


「はい、男爵様――」


 二人はテーブルを挟んで向かい合う。するとメイドがヴァンピール男爵の分の紅茶を運んできた。その紅茶を一口だけ啜ったヴァンピール男爵が口火を切る。


「率直に申し上げます、プレートルさん」


「はい?」


「プレートルさん、我々の村で教会を営みませんか?」


「えっ……?」


 バンパイアが神官に教会経営を進めてくる。何とも奇々怪々な申し出だった。流石の冒険者であるプレートルも放心してしまう。


 ヴァンピール男爵は、牙を光らせながら微笑むと、さぞ当たり前のように述べる。


「いやね、我が村では、二年ほど前まで教会があって、神官様もいらっしゃったのですが、家事で亡くなりましてな……。それいらい、神官不在が続いてきましてね」


「は、はあ……」


「街に出て、いろいろな神官様にお声をかけたのですが、このような辺鄙な村で教会なんて営んでくれる方はなかなかいなくって……」


「な、なるほど……」


 この村が辺鄙なのは事実だが、それ以上に、獣人の村で、当主がバンパイアだっていう事実が神官たちの足を遠退けているのであろう。


 たぶん、ヴァンピール男爵は、そのぐらいの事なんぞは理解して言っている。わざとらしい人なのだろう。


 しかし、プレートルには獣人差別の趣味はない。彼は、獣人に関して不運な病気だと考えている。だから、この申し出をチャンスと捉えた。


「現在は家事で教会が焼け落ちてございませんが、改装次第で教会に成りうる建物なら既にあります」


「どこですか?」


「境界線砦です」


 プレートルも知っている。ゴブリンたちと対決を控えてリビングアーマー兵団を駐屯させていた砦だ。砦と言っても、平屋の小屋である。


 ゴブリン討伐が終了して現在は、リビングアーマー兵団も引き払われ、無人の小屋となっていた。


 リビングアーマー兵団を百騎も収納できるだけの広さがあったから、小さな村のミサを開くだけのスペースは十分にあるだろう。


 それに、奥には住居スペースもあった。あれならば一人二人が住める部屋だった。


 しかし、祭壇が無い。チャペルを吊るす塔も無い。それらが足りていなかった。


「あれでは、教会と呼べませんな……」


「改築費は私が出しますよ。チャペル塔もないのは寂しいでしょうからね」


 バンパイアなのに気付いていたらしい。


「それに、改築が済んで、神官殿が住み込んだら、毎月3000ゼニルほど私が寄付します。もちろん、家賃は取りません」


 悪くない条件だ。家賃無しで、毎月3000ゼニルの寄付が貰えるのならば十分に暮らしていける。それに、少しは村人から御布施もあるだろう。


 これは、悪い条件ではない。


 しかし、それには、冒険者を引退しなければならない。仲間たちと別れて暮らさなければならない。それが、自分に堪えられるか分からない。退屈が、嫌いなのだ。


「少し、考えさせてもらえませんか、男爵様……」


「まあ、いきなり話されて、二つ返事が貰えるとは私も思っていません。ですが、是非に前向きに考えてください、プレートルさん」


「はい……」




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