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131【覇道の才能】

「それじゃあ、チルチル。頑張ってね」


「はい、マリマリ母様――」


 無表情な母と笑顔の娘が抱き合ってから別れた。獣人娘を放した母親は、ここまで来た黒馬車に乗り込むと、夕日を浴びながらピエドゥラ村を出て行った。首都パリオンに帰って行く。


「それでは、私もサン・モンに帰ります。また、来月の入荷品もよろしくお願いしますよ、シロー殿」


『おう、分かってるぜ』


 今月の入荷品を黒馬車に詰め込んだピノーさんもサン・モンに向かって旅立った。二人の大店がホームグランドに帰って行く。


 今月ピノーとマリマリの店に降ろした品物は――。


 鉛筆、消しゴム、大銅貨七枚(70ゼニル)を、百五十個で10500ゼニル。

 ボールペン、小銀貨七枚(700ゼニル)を、百本で70000ゼニル。

 電卓、大銀貨七枚(7000ゼニル)を、五個で35000ゼニル。

 塩500グラム、小銀貨三十七枚(3700ゼニル)を、十袋で37000ゼニル。

 胡椒15グラム一瓶、小銀貨十五枚(1500ゼニル)を、二十瓶で30000ゼニル。

 砂糖1キロ、小銀貨三十五枚(3500ゼニル)を、三袋で10500ゼニル。

 A5コピー紙500枚セット、大銀貨七枚(7000ゼニル)一枚14ゼニルを、三セットで21000ゼニル。

 カレーのルー一箱、大銀貨一枚(1000ゼニル)を、十箱で10000ゼニル。


 合計で224000ゼニル。2×448000ゼニル。


 ――である。


 これで、ウロボロスの書物が要求する目標【30日/30グラム】は簡単に超えてしまった。300000ゼニルを収めても148000ゼニルも余る。


 だが、この程度の金額は、城作りの予算に回してしまうと、あっという間に消えてしまうだろう。


 一般国民の月収が3000ゼニルとしたのならば、月に四十二人の職人を雇っただけで消えてしまう金額だ。もっともっとお金を集めないとならないだろう。


 城を築くにあたって、人件費以外もお金はかかるはずだ。それも、用意は必須。


『うむむ……。頭痛が……』


 なんだか、金のことばかり考えていると、頭が痛くなってくる。この手の話は向いていない。考えたくないな……。


『よし、少し頭を切り替えよう!』


 そう考えた俺は裏庭に出て行った。


 裏庭のジャガイモ畑の前で、ブランが夕暮れを背負いながら一人で稽古に励んでいた。せいっせいっと声を張り、正拳突きの練習に汗を流している。


「せい、せい、せいっ!」


 ブランは白い空手着を纏っていた。俺が稽古中に着るといいと渡した物だ。まだ、ホワイトベルトだが、着こなしはバッチリである。


 ブランは白衣に強い執着を持っているから、純白である道着のプレゼントには凄く感激していた。メイド服をくれた時よりも喜んでいたのだ。


「せい、せい、せいっ!」


 ブランの身長は170センチぐらい。練習中は、長いピンクの髪をポニーテールに縛っている。身体は野生児のように鍛え上げられており、道着の隙間からバッギバギの針金のような筋肉が伺えた。


 スマートであり、靭やかであり、力強い。無駄な脂肪も無い。凶器的な筋肉だが、美しい。だから、空手着も良く似合うのだ。


「せい、せい、せいっ!」


 正面を向いて、股を開いた立ち方。空手の構えである四股立ちで、正面に真っ直ぐ構えたブランが、左右の正拳突きを交互に放っては掛け声を上げていた。


 中腰なのに背筋を伸ばした姿勢は、拳を着くたびに、緩やかに曲げられた両膝に負担がかかる大勢である。故に、大地に根付くようなズッシリとした芯の生まれる理想的な立ち方であった。


 こうして、足腰が鍛えられるのである。


 俺は、弟子であるブランに、左右で千回の打ち込みを、一日に一セットは必ずやりなさいと義務付けた。やらなければ晩飯を抜きにすると言ったらブランは、真面目に晩飯までに千回を繰り返すのであった。一日もサボらず、毎日サボらず行っている。


 ブランは、サイコバスでDQNな人格だが、その分だけ素直なところがある。言われた稽古は間違いなくこなす。普通の人間ならば、早々に挫けそうな内容でもやり抜くのだ。


 彼女にとって、理由は難しくないのだろう。


 稽古をしたらご飯がもらえる。それだけで、稽古に励む理由になるのだ。


 そんなところが格闘技家に向いている素質であろう。


 人は、様々な理由で強者を目指す。


 最強に成りたい――。


 誰にも負けたくない――。


 ただ、頑張る――。


 楽しいから――。


 理由は人によって様々あるだろうが、その目標がシンプルな理由であればあるほどに、その人間には、伸びしろが大きくなってくる。


 頑張れる才能。それは、誰しもが持っている才能ではない。


 生まれ持った者も居れば、生まれ育った環境で、それを獲得する者も少なくない。


 どちらにしろ、その頑張れる才能ガ無ければ強者になれない。そもそも、目指せない。


 それには、考えるより動くを実戦できる物しか進めない覇道であろう。


「せい、せい、せいっ!」


 俺が見るからに、ブランは本物だ。何も考えていない。もしかしたら、ただの馬鹿かもしれないが、可能性だけは高いだろう。


 辞めない、挫けない、続けてくれる。


 今までの弟子に居なかったタイプである。



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