130【忘れられた、最低条件】
フラン・モンターニュからの帰り道。俺たちは黒馬車の中で話し合っていた。
森の入り口からフラン・モンターニュの坂道までの舗装に関しては、マリマリとピノーがパリオンとサン・モンから作業員を手配して工事を行ってくれることになっていた。それは最初から二人で話し合っていたようで、問題なく話は進む。俺は資金を出すのみだ。
そして、工事は二手に分かれて行われるらしい。
西側の通りをサン・モンの作業員が担当し、南側の通りをパリオンの作業員が担当することになった。そして、二つの道は森の中で合流し、フラン・モンターニュの西側坂道に繋がる予定だ。
両者の作業員が、自分の町に近い道を作りたいという理由からだ。
その道を境に、マリマリの縄張りとピノーの縄張りが分けられる仕組みらしい。互いが町の権利を管理し、街の発展を競い合うつもりなのだ。
それと同時に、森の南側には宿屋が作られ、西側には作業員用の宿舎が作られることになった。
宿屋は、マリマリやピノーが進捗状況を見に来た際に泊まる場所がないから、という理由らしい。一等客室から三等客室まである宿屋を作るそうだ。たぶん、それなりに豪華な宿屋になるのだろう。
ちなみに、西側の宿舎は三十人ほどが寝泊まりできる施設らしい。後々は、その建物も宿屋として一般客に開放される予定だとか――。
さすがは大店の考えることだ。理にかなった計画である。隙がない。
そして、黒馬車が店に到着してからマリマリに言われる。
「ところで、城を建てる計画は、当主様に許可は取ってあるのですか?」
『あっ……。取ってない……』
「「えっ……」」
どうやら俺は、かなり大切なことを忘れていたようだ。それから俺は、ブラッドダスト城に向かった。ヴァンピール男爵に許可を取るためである。
この交渉には、マリマリとピノーも付いてきた。ここまで話し合っておきながら、つまらないミスで話が白紙になったらたまらないという理由であろう。二人の必死さが伺えた。
俺たちは、メイドに案内されて客間に通された。すると、しばらくして眠たそうに目を擦りながらヴァンピール男爵が現れた。普段ならまだ寝ている時間帯なのだろう。昼間のバンパイアはかなり眠たそうだ。
「何かね、シロー殿。こんな時間帯に……」
俺は、何も策を弄さず、素直に言った。
『ヴァンピール男爵、頼みがあって来たのだが』
「何かね?」
『フラン・モンターニュに城を建てたいんだが、許可をくれないか?』
「はあ……?」
ヴァンピール男爵が呆れた素振りで聞き直してきたので、俺は同じ言葉を繰り返した。
『フラン・モンターニュに城を建てたいんだが、許可をくれないか?』
「んん〜……」
ヴァンピール男爵は、眉間を摘まみながら俯いた。何かを深く考え込んでいる。
「私は貴方に、我々アンデッドの頂点に君臨してもらいたいと願っていましたが、いきなり城の建築ですか……」
『そうだ、王には城が必要だろう』
「ですが……城を建築したいとは、思ったよりも大胆ですな……」
『問題でもあるのか?』
「ありますね」
『どの辺に?』
「まず、城を建築する場合は、国に許可申請が必要です」
『じゃあ、許可を取ってくれよ』
「許可以前に、まずシロー様には国籍がないでしょう。何せ貴方はフランスル王国の住人ではない。そもそも国籍がない。そんな方が、城どころか土地すら持てませんよ。土地を持つには国籍の証明が必要です。しかも、大きな土地を私有するには、貴族の称号が必要です」
『なるほど、面倒くさい大人の話だな!』
俺は威張って見せたが、解決策は何もない。脳筋が無策を押し通すだけだ。
「ですが――」
ヴァンピール男爵は真面目な表情で述べた。
「私は、シロー様が城を持つことには賛成です。いずれ、我々アンデッドの頂点に立つ方が城を構えるのはあるべき姿だと思いますからね」
そこに同席していたピノーが言った。
「しかし、フラン・モンターニュは、貴方の土地ですよね?」
「そのくらいの献上なら、安い出費です。そもそも使い道のなかった荒地ですからね」
マリマリがヴァンピール男爵に問う。
「ならば国に、城建築の許可を取ってもらえますか?」
「分かりました。それは引き受けましょう。ですが、私からも条件があります」
『それは、なんだ?』
「いずれはシロー様に、この地すべての権利を取得してもらいたい。ここを、我々の暮らしやすい土地に変えてもらいたいのですよ」
『いや、ちょっと、何言ってるか分からない?』
ピノーが俺に耳打ちする。
「シロー殿に、この地の当主になってもらいたいって言ってるのですよ」
『なんでさ?』
ヴァンピール男爵が力強く望む。
「私が望むのは、真の王。それはフランスル王国のルイス十三世では不向きな条件。ルイス王は所詮人間の王。私のような不死の上に立つ存在ではありません。ですが、シロー様ならば、その条件に叶います。何せ貴方はオーバーロードですからね」
しかし、ピノーが問題点を指摘する。
「ですが、簡単に土地の権利は譲れないのではありませんか?」
ヴァンピール男爵が微笑みながら言った。
「ですので、シロー様には太陽の国からの大使になってもらいましょう」
「大使、ですか」
「そして、フラン・モンターニュに大使館を作りたいと、理由をでっち上げるのですよ」
「なるほど、大使館建築を装うのですね」
「はい」
『それで、上手くいくのか?』
ヴァンピール男爵は慎重に提案を述べる。
「まずは、一つ一つ階段を登りましょう」
『階段ってなんだ?』
「私は所詮男爵。小役人でしかありません。だから、大きなコネを作るのです。ピノー殿、サン・モンのブラフォード公爵と面会できませんか?」
「何か、喜ばれる献上品があれば、叶うと思いますが?」
「では、シロー様。何か高価で珍しい物を太陽の国から仕入れてもらえませんか。それを大使の贈り物として、ブラフォード公爵に献上するのです。そして謁見できたら、大使館の建設を願い出てください」
「なるほど〜。侯爵レベルの貴族が動けば、話は早いですな」
「謁見までは一ヶ月はかかるでしょうから、ゆっくりと献上品を吟味してください。できたら、公爵本人への献上品と奥様への献上品を、二つは用意してください。妻のご機嫌は大きな後押しになりますからな」
『うし、分かった。なんか、上等な贈り物を用意するぜ!』
すると、ヴァンピール男爵がシクシクと泣き始めた。
「長年望んでいた、真の王が、やっと誕生するんだな。シクシクシク……」
『じゃあ、マリマリ、ピノーさん。いろいろ準備を頼んだぜ!』
「了解しましたわ」
「任せてください、シロー殿!」
『俺は、資金集めに励むぜ!』
その頃、フラン・モンターニュの上層部。眺めの良い崖の上に置かれたクルミサイズの種が、ぐらぐらと揺れていた。
そして、パキッと割れた。種の中から根の生やした瞳が現れる。
それは、眼中に、植物の根っこが生えたかのような形状だった。それが、ニルニルと動いている。
『キュー、キュー!』
まるで、ゴマアザラシの子供のような鳴き声。それは、崖から飛び降りると、下の森の中に消えて行った。




