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129【建築予定地】

 クロエが自宅の茶の間でこたつに入りながらテレビを見ていると、唐突に無の空間から四郎が現れた。ゲートマジックで帰って来たのだ。


 現在は夜の22時を過ぎたぐらい。異世界は午前中のはずだから、いつもなら四郎が帰ってくる時間帯ではない。


 こたつに入ったままのクロエは煎餅を齧りながら四郎に問うた。


「えっ、四郎さん? こんな時間にどうしたんですか?」


 四郎は居候に目もくれず、隣の部屋へ進むと押し入れの中を漁り始めた。何かを探しているようだ。


 そして、押し入れの中に上半身を突っ込みながらクロエに答えた。


「いや、また仮面が割れたんで、新しいのを取りに来たんだ」


「新しい仮面ですか?」


 ニャーゴとの対決中に、恵比寿の仮面も壊れてしまったのだ。だから替えの仮面を取りに来たのである。異世界とはいえ、いつまでも髑髏の素顔を晒して生活するわけにもいかない。


「いやね、うちの死んだ父さんが、なぜか能面の収集が趣味だったんだ。だから我が家には何枚かの能面があってね。……お、あったあった〜」


 こうして隣の部屋から戻ってきた四郎の手には、赤くて鼻の長い天狗の仮面が握られていた。


「天狗……。それを異世界で被るのですか……」


「ああ、かなりの能面を異世界で壊してしまってね。もう家に残っている仮面も数が少ないんだよ」


「でも、天狗は……ハレンチではないでしょうか……」


「ハレンチ? どうしてそう思うんだ?」


「いえ、察してもらえないなら構いません……」


 こうして四郎は、クロエの助言を無視して異世界に戻って行った。


 シローが異世界に戻ると店の前に皆が集まっていた。チルチル、ブラン、ニャーゴ、ピノー、マリマリ、執事のジュンヌ。それに暁の冒険団の五名。


 シローは天狗の仮面を被りながら言った。


「それでは、フラン・モンターニュを見に向かいますか――」


 シローが天狗の仮面を被っている姿を見て、面々は唖然としていた。全員が天狗の仮面に驚愕している。彼らの目にも、天狗の鼻が卑猥に見えたらしい。だが、誰もツッコミを入れない。


 マリマリがシローに告げる。


「シロー様、私はここで娘と待っていますわ。代わりに執事のジュンヌを立ち会わせます」


『そうだな、確かに森の中は危険だから、女性を同行させるのは得策ではないだろうさ』


 こうしてマリマリはチルチルとブランの元に残ることになった。


 そして、ピノーの護衛として、暁の面々が付いてくることとなった。彼らはピノー個人に雇われた護衛である。


『では、出発しましょうか、フラン・モンターニュへ』


 シローたちはピノーの馬車で、城を建築する予定のフラン・モンターニュに向かって進み出した。


 ピエドゥラ村からフラン・モンターニュまでは約1キロ。一つの馬車にピノー、シロー、ニャーゴ、ジュンヌが乗り込み、その周りを騎獣に跨った暁の面々が護衛しながら一行は進んだ。


 そして、フラン・モンターニュ手前の森で一行は馬車から降りた。森の中は道がなく、馬車では進めないからだ。


『ここからは道がない。歩きになるぞ』


 俺の言葉にピノーが続いた。


「まずは現地までの道を開拓しないとなりませんな。馬車で物資を運び込めなければ話になりません」


『なるほど』


 そこからシローたちは森の中を進んだ。そんなに険しい森ではなかったが、ここを荷馬車が通れるくらいまで切り開くのは、なかなか困難な仕事になりそうだ。


 やがて一行は、洞窟崩落跡地の坂道に到着する。リビングアーマーたちの作業で、破壊されたゴブリン砦の残骸は隅に寄せられている。


「ここから上に登るのですね」


「まるで土砂崩れの跡地だな……」


『ここを舗装して、もっと緩やかな坂に作り直すつもりだ。そうすれば、ここから物資を上に運び上げられるだろう』


「確かに、絶壁から荷物を吊るして運び上げるよりは現実的だな」


 すると若干息を乱したピノーが述べた。


「だとすると、ここに次の拠点を作るのが課題ですな。作業員の宿舎が必須になりますぞ」


 エペロングがゴブリン砦の残骸を指さしながら言った。


「ちょうど良いところに木材があるじゃないか。あれで宿舎を作ったらいいんじゃね?」


 息を整えたピノーが述べる。


「使えるものは使う。少しでも経費が削減できるならば、使えるものはすべて使うのが当たり前。それも当然ながら使いますよ」


『ところで、ピノーさん。あなたは何故、この事業に協力するのですか?』


 その質問に答えたのは、執事のジュンヌだった。マリマリの従者である若い執事が明確に答える。


「シロー様、城の建築は数年間、場合によっては数十年間も時間を要する大事業です。しかも、人里から離れた場所に城を建築する場合は、なおさら人の流れが生じます」


『だろうな』


「その場合、その建築地域には必ず町が生まれます。ピノー殿もマリマリ様も、その町からの利益を望んでいるのですよ」


『なるほどな〜』


 ピノーが述べる。


「城を建築する副産物の事業はたくさんあります。本業の雑貨屋はもちろん、木材の管理、石材の管理、職人の管理、さらには娼館の経営まで。それはすべて人の営みを生みますからね」


 ピノーもマリマリも、この事業に乗っかりたがっていたのは、それが理由か。


 城が作られれば人が集まってくる。それに沿って、作業員が城の完成まで暮らせる最低限の営みが必要となる。それは、ピノーたちにとっては大きなビジネスチャンスなのだろう。


『次は、フラン・モンターニュの上層部を見に行きますか。城を作るのはこの上ですからね』


 シローが崩れた坂道を登り始めると、ジュンヌや暁の冒険団が続いた。


 マージが背後に残ったピノーに声を掛ける。


「どうしたのじゃ、ピノー殿。登らんのか?」


「その坂道を登るのですか……」


「登るに決まってるじゃろ、早う来い」


「はいはい……」


 やがて一行は、フラン・モンターニュの上層部に到着した。遅れて到着したピノーは、死にそうな顔で息を切らしていたが、他の面々は平然としている。どうやら普段からの鍛え方が違うらしい。


 そして、先に到着していた面々が崖際まで行って遠くの景色を眺めていた。


 景色を眺めながらジュンヌが述べた。


「絶景ですな。ピエドゥラ村が一望できますよ」


『ここに、城を建てる。どれだけ時間がかかろうと、俺は城を建てるって決めたんだ。みんな――力を貸してくれ』


「この事業が成功したのならば、さぞ立派な城が完成されるでしょうな」


 それは、ここにいる人物全員が同感だった。



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