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128【喫茶店レトロ】

 時間帯は夜の21時を過ぎたばかり。日が完全に沈み、田舎の国道には車のヘッドライトが眩しく煌めき、疾走していた。


 東京都と埼玉県の境目。山が見える県道沿いに、一軒の古風な喫茶店が営業している。Closedの看板が出ていたが、店内にはまだ客が残っていた。


 店の前には車の通りが激しい国道が走っていたが、その先には緑豊かな山々が連なっている。


 ここは自然が豊かで空気が澄んでいる地域。微風も心地よく、夜風すら気持ちの良い気候だった。


 そんな自然豊かな場所で営業している喫茶店の名前は「喫茶レトロ」。名前の通り、どこか懐かしさを感じさせる喫茶店だった。


 木造平屋の店先には花壇が並び、春には色とりどりのチューリップが咲き誇る。花の選定はマスターの趣味らしい。


 この店は古民家を数年前に改築してオープンしたらしく、古びた柱などがくすんでいながらも、趣のある雰囲気を醸し出していた。


 店内にはヨーロッパ風の家具が揃っており、古いペンダントライトの黄色い灯火が異国情緒を強く印象付けていた。


 マスターも白いYシャツに黒いベスト、その下に長い黒エプロンを着用しており、身嗜みにもこだわりが感じられ、店の雰囲気作りへの努力が伺える。


 そんな店内には、一組の客しかいなかった。その一組が今晩最後の客なのだろう。


 蓄音機からクラシック音楽が流れる静かな店内で、コーヒーを飲んでいるのは二人の人物。一人は大人の男性で、もう一人は子供の男の子だった。


 二人はコーヒーを啜りながら、窓の外に見える国道を走る車ばかりを眺めていた。その車のヘッドライトの明かりが、二人の顔を微かに照らす。


「ズッズッズッズゥ〜」


 音を立てながら、ミルクがたっぷり入ったコーヒーを啜るのは七三分けの男の子。日本人風で、年の頃は十代前半に見える。


 Yシャツに赤い蝶ネクタイ。ズボンはサスペンダーで吊っている。まるでどこかの少年探偵団に属していそうな装いだった。


 少年の名前は金徳寺金剛。ゴールド商会の会長である。少年の成りをしているが、実際は何千歳生きているか分からない化物だ。


 その向かいでブラックコーヒーを飲んでいるのは岩見石蔵、四十歳。地味な茶色いスーツを着ている彼は、ゴールド商会の幹部の一人であり、ウロボロスの書物《城塞の書》の権利者でもある。


 岩見がコーヒーを受け皿に戻すと、死んだような眼差しで一点を見つめながら呟くように言った。


「藤波が、返却されたのですか……」


 藤波とは、レボリューションシードを移植され、刑務所の監獄からシローの異世界へ送り込まれた人物である。


 少年は、眼前のチーズケーキをフォークで削りながら言葉を返す。


「死因は異世界の逆流に魂が耐えきれなくなっての死亡だ。まさか、殺せなくなった魔物を、あのような強引な方法で処理するとは思わなかったよ」


 言いながら、少年の顔は楽しげに微笑んでいた。それは、シローの意外な行動に対する喜びのようでもあった。


 だが、シローが意図して返却を成功させたわけではないことには気づいていない。あれは、偶然の産物である。


「それで、今日の呼び出しは何用ですか? また私に試練をご依頼ですか?」


「いや、もう次の試練は手配済みだよ。レオナルドにね」


「魔法使いの書のレオナルドさんに、ですか?」


 岩見は少し驚いた様子だった。あの偏屈な魔法使いが試練の手配などに手を貸すとは思っていなかったのだろう。


 事実、ここ数年、レオナルドはゴールド商会の幹部会議にすら顔を出していない。古参だからといって優遇されているのだ。


「ああ、そうだよ」


「よくも上段の一枠であるレオナルドさんが、試練の手配なんて引き受けてくれましたね」


「だいぶ暇していたらしいからね」


「暇、ですか……」


 ならば会議くらいには顔を出せ、と岩見は思っていた。他の上段は、それなりに参加してくれている。


「たぶん、そろそろ戻ってくるころだ。――1・2・3・ビンゴ」


 カランカランっと出入り口の鐘が鳴る。すると、一人の少女が店内に入ってきた。


 ツインテールの金髪白人少女。年の頃は中学生ぐらい。長い付け睫毛に赤い口紅、黒いゴスロリドレスをまとい、全体的にフランス人形のような雰囲気を漂わせている。しかし、その美しさはどこか不気味さを含んでおり、まるでホラー映画の人形のようだった。


 ゴスロリ少女は真っ直ぐに店内を進み、迷わず二人が腰掛けているテーブル席の隣に座った。


「こんにちは、お二人さん」


 にこりと会釈した少女は、続けてマスターに紅茶とショートケーキを注文した。


 少年が少女に声をかける。


「ところで頼んだ仕事は終わったのかい、レオナルドちゃん?」


「終わったわよ、金徳寺様。ちゃんと言われた通りに、髑髏の書の異世界にレボリューションシードを投げてきたわ」


 その言葉を聞いて岩見が驚いたように聞き返す。


「投げてきたのですか……?」


「ええ、投げてきたわ」


「二回目の試練から、いきなりランダムチャレンジとは――」


 金徳寺少年が微笑みながら言う。


「構わないさ。君が送り込んだ疑似不死の怪物を、次元を押し戻すことで退治してしまう新人だよ。少しぐらいハードルを上げても打開は可能だと思うんだ」


「しかし、ランダムチャレンジは……」


「レボリューションシードは、寄生した生物の運命を向上させる世界樹の種だ。何に寄生するかは分からないが、ターゲットはシロー・シカウに向くようにプログラムされている。だから目標は間違わない」


「ですが、万が一にもドラゴンなどに寄生したら、異世界の崩壊に繋がりかねませんぞ……」


 そこで、ゴスロリ少女が口を挟む。


「大丈夫よ、岩見ちゃん。シードを投げてきた地域には、ドラゴンなんていなかったわ」


「ですが……」


 金徳寺金剛はチーズケーキをもぐもぐしながら言う。


「意外と岩見は後輩思いなんだね」


「違います。私は無駄に駒を失いたくないだけです……」


「そういうことにしておくよ。くくぅ……」


 ここでゴスロリ少女が話題を変えた。


「ところで金徳寺様、しばらく私は髑髏の書の異世界に出入りしますわよ」


「んん、なんでさ。もしかして、シカウに惚れたのか?」


「彼と約束をしたのよ」


「どんな?」


「宇宙生命体クァールを研究させてもらう代わりに、異世界での成功方法を伝授するってね」


 実際には、そんな約束は結ばれていない。彼女の脳内で勝手に結ばれた妄想的な契約である。


「なんだ、レオナルド。クァールに興味があったのかい?」


「ええ、何せ宇宙人なんて滅多にお目にかかれないもの」


 すると少年が店のマスターに手を挙げて指示する。


「済まない、マスター。カウンターから出ないで紅茶とケーキを出してくれないか」


「はい――」


「「んんぅ?」」


 中年男性とゴスロリ少女が何事かと首をかしげていると、カウンターの中からマスターが右手に紅茶、左手にショートケーキを持ちながら前に差し出した。


 するとマスターの袖口から伸び出た黒い触手が、紅茶とショートケーキをゴスロリ少女の席まで運んできた。


 カウンターから座席までは三メートルは離れていたが、その距離を触手は難なく運んだのだ。


 紅茶とショートケーキがテーブルに置かれるのを見たゴスロリ少女は、席から立ち上がり、カウンターの方へ戻っていく黒い触手を見ながら叫んだ。


「クァールの触手っ!!!」


 立ち上がり呆然とするゴスロリ少女を眺めながら、少年が言った。


「そうだよ、クァールさ」


「なぜここに宇宙人が!?」


「地球は昔、クァール星人と惑星間条約を結んでいるんだよ。だから、ここにいる」


「し、知らなかったわ……」


「何千年も生きた魔法使いでも、まだまだ知らない真実は山ほどあるもんだよ。世界って、楽しいだろう?」


 座席に腰を下ろしたゴスロリ少女は、冷静さを装いながら紅茶を啜る。そして、静かに述べた。


「私は、しばらくこの喫茶店の常連になりますわ――」


 しかし、その澄ました顔はすぐに崩れた。彼女のテンションが一気に上がる。


「だ、だから、マスターさん。身体を触診させてくださいな!」


「ええっ!?」


「お尻をホジホジさせてぇ!!」


「っ!!!!!」


 ゴスロリ少女は、はしたなくも涎を垂らしながら言っていた。周りの人間はドン引きするばかりである。



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