127【大店たちの研鑽】
「それじゃあ、私は帰るわよ。ニャーゴちゃんが目を覚ましたら、よろしく言っといてちょうだいね〜。バイバ〜イ」
そう言って手を振るレオナルドが、漆黒の亀裂の中に歩いて行った。闇の中に消えていく。現実世界に帰ったのだろう。
「それでは、私たちも帰りましょうか、シロー様」
『そうだね、チルチル』
すると、パンダ娘のシスコが、俺の腕の中でぐったりとしている黒猫の様子をうかがいながら訊いてきた。
「ニャーゴさんの怪我は大丈夫なのですか?」
宇宙船の爆発というショックから目覚めきっていないニャーゴが、力なく答える。
『だ、大丈夫ニャア。僕は、たいした怪我を負っていないから……。心配ないニャア。ただ、精神的に……』
『まあ、ショックから立ち直るまで、我が家でゆっくりと休め。それから、今後のことを考えればいいさ』
『済まない、友よ。この恩は、いつか必ず返すニャア』
「やったわ。しばらくニャーゴさんと一緒に暮らせるのですね。前から猫をペットにしたかったんです、私」
そう言いながらニャーゴの顎下を撫で回すチルチル。彼女は初めてのペットに歓喜している様子だった。
まあ、チルチルが喜んでくれるならば、ペットぐらい飼うのは悪くないだろう。
――にしてもだ。ニャーゴはペット扱いされていても怒らないのだろうか。まあ、怒っていないところからして、あまり執着はないのであろう。
こうして俺たちは、フラン・モンターニュ上層部から我が家に帰る道を進む。途中でソフィアとシスコとは別れた。
まだ仕事が残っていると言い、ソフィアはブラッドダスト城に向かい、シスコはお隣の家に帰って行った。
そして我々が我が家の前に到着すると、店の前に二台の黒馬車が止まっていた。黒馬車とは、金持ちたちが多く愛用している黒塗りの馬車のことである。
さらに、馬車の周りには暁の面々が立っていた。パリオンに向かったはずのエペロングや、サン・モンに向かったはずのマージたちの姿もあった。どうやら二チームとも帰ってきたようだった。
『よう、お帰り、穀潰しどもが!』
「おいおい、いきなり酷い言いようだな……」
エペロングが唐突な俺の暴言に苦笑いを浮かべていた。もう、俺のワイルドなキャラを理解しているのか、言い返しても来ない。
『ところで、この馬車はなんだ?』
「シローの旦那、客人を連れてきたぜ」
「儂もじゃぞ」
エペロングとマージが揃って客人だと言っていた。その客人は、店の中で待っているようだ。
俺はチルチルに黒猫を預けると、店内に入って行った。すると、店内に知った顔が二人いた。
それは、サン・モンの町のピノーと、パリオンの町のマリマリだった。二つの町の大店たちが揃っている。
『これはこれは、お二人さん。お久しぶりです』
そう俺が挨拶をかけると、ハゲ頭で口髭を生やした中年男性が、我先にと挨拶を返してきた。デブデブと歩いてきたのは、アサガンド商会のピノーである。
「こんにちは、シロー殿。お久しぶりですな」
『ピノーさんこそ、お元気でしたか。商売は繁盛してましたか』
「まあ、ボチボチでしたわ〜。がーはっはっはっ!」
すると、太った体を押しのけて、チューリップドレスのマリマリが前に出てくる。
「お久しぶりです、シロー様。娘のマリマリとは仲良くやっていますか?」
『え、ええ……。ボチボチでんな……』
「それで、孫の顔はいつになったら見れるのかしら?」
『い、いえ、それは……』
俺が困っていると、チルチルが割って入る。
「お母様、チルチルとシロー様は主従関係です。そのような子供を産む産まないの関係ではありませんよ!」
しかし、マリマリは怒る娘を抱きしめながら述べる。
「いいかしら、チルチル。それでも男女の関係は、子供さえ作れば女の勝ちなのよ!」
そんな勝敗は聞いたことがない。この奥さん、頭が沸いているな。
そこで再びピノーが割って入る。
「とにかく我々は、シロー殿のお店が開店したと聞いて、お祝いに参ったのですよ!」
さすがは大店の二人である。金儲けの匂いを嗅ぎつけて、自ら出向いたのだろう。
マリマリが店内を見回しながら言う。
「それで、何か新商品はないのかしら」
「私も、ぜひとも見てみたいものですな!」
なるほど、それが目的らしい。鼻の利く商人だから、開店に合わせて新商品がないか、自分の目で確かめに来たのだろう。
俺は戸棚の上の砂糖を指さしながら述べる。
『ならば、純白の砂糖なんて、どうだい?』
「純白な砂糖ですって!?」
「サンプルを見せてもらえないか、シロー殿!?」
俺はチルチルにお願いして、瓶詰めしておいた砂糖を台所から持ってこさせた。それを二人に見せる。
「本当に純白ですわ……」
「しかも、粒に臭いがないぞ。甘みのある匂いしかしない……」
「さらに、サラサラですわね!」
この世界の砂糖は、蜂蜜を採取してそれを乾燥させた物らしい。だから茶色い角砂糖っぽいのだ。故に純白の砂糖が珍しいのである。
「この砂糖は、いくらですか?」
『1キロで3500ゼニルだ』
「安い、買いますわ!」
「儂も、ありったけ買いますぞ!」
『あと、こんなのもあるぞ』
そう言って俺は、カウンターの下からコピー紙の500枚入りの包みを取り出した。
「この純白の紙は……」
さすがのピノーも言葉を失っている。それだけ純白の紙が珍しすぎるのだろう。
『我が国で作られている“コピー紙”という紙だ。500枚で7000ゼニルだぞ』
「買う、絶対に買う!!」
「私も買いますわ、在庫分全部買いますわ!」
「うわ、ズルっ!!」
「先に買った者の勝ちですわよ。オーホッホッホッ!」
『まあ、落ち着け、二人とも。現在のところ、砂糖は6キロの在庫がある。コピー紙も六包ある。だから半々で分けろ。来月も同じだけ取り寄せるから、毎月3キロと3包ずつ分ければいいじゃないか』
「まあ、仕方がないか……」
「そういたしますわ……」
『ただし、取り引きを続ける条件に、追加したい案件があるのだが、聞いてもらえるか?』
「聞かなかったら、どうするのかね?」
『今後すべての取り引きを中止する』
「それはもう、脅迫ですわね……」
「聞くしかないってわけか……。それで、追加条件とは、何かね?」
『うちは人手が足りていない。パリオンやサン・モンが最寄りの町だとしても、片道で二日や三日かかるとなると、遠いわけなんだよ』
「それが、どうかしたのかね?」
『だから、商品の配達を俺個人がしなければならない』
「そうなりますわね」
『そこでだ。すまないが、そちらから配達員を手配してもらえないだろうか!』
俺が拝むようにお願いすると、ピノーもマリマリもキョトンとした顔の後に、高笑いを始めた。
「がーはっはっはっ!」
「何を言い出すかと思ったら、シロー様ったら。オーホッホッホッ!」
『何を笑ってるの?』
「そのぐらい、朝飯前ですわ」
笑い続けるマリマリの横で、ピノーも笑いながら述べた。
「シロー殿、我々の商売の中には、貿易も多く含まれています。運搬の手配なんて、基本中の基本。そのぐらい、当然引き受けますぞ!」
『よかった〜。これで城の建築に集中できるぞ〜』
「「えっ………」」
うっかりだった。まだ未定の城建築の話を、ポロリと口走ってしまった。その言葉に、二人の商人たちが固まってしまっている。
「シロー様、お城を作るのですか?」
『まだ、未定だが、予定ではある』
すると、二人の瞳が輝いた。本日一番の輝きを放つ。
「是非に我々アサガンド商会にも、城建築の支援をさせてくださいませ!」
「何を仰りますか、このコメルス商会が全面支援を致しますわ!!」
俺は、二人の勢いに押されて、後退りをしてしまった。どうやら二人には、城建築が相当の利益になることが分かっていたようだ。
その証拠に、二人は絶対に引く様子は見せない。グイグイと来る。




