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126【ニャーゴの帰還】

「な〜んだ……。ご馳走と聞いていたから、どれだけのご馳走が出てくるかと思ったらさ。普通のカレーライスじゃないのぉ」


『僕はカレーライスでも十分だニャア。何せ三年ぶりの文化的なご飯だからね。ウマウマだよ!』


 俺の家に招かれたニャーゴとレオナルドが、食卓でカレーライスをガッついている。


 レオナルドはテーブル席でカレーライスをスプーンで食べていたが、ニャーゴはテーブルの上で皿に頭を突っ込んで、クチャクチャと音を立てながらカレーライスを食べていた。流石は猫、クチャラーのようである。


 ニャーゴが母星への帰還前に、最後の晩餐として我が家に招いたのだが、なぜかレオナルドまでついてきてしまったのだ。どうやらこの爺さんは暇らしい。


「シロー様、こちらの方は?」


 チルチルが小声で訊いてきた。虹色に輝くローブを纏ったオカマ喋りの老人と、黒猫なのに背中に長い触手を二本生やした謎の宇宙生命体を見ながら何者かと訊いてくる。


 確かに不思議な二人だった。なんと答えていいか俺も悩んでしまう。それに、異世界人のチルチルは、宇宙人とかって理解できないだろう。そもそも、天動説とか地動説とかも怪しいと思う。


『黒猫のほうは、ニャーゴだ。俺の友達だが、明日には国に帰るから、今日は家に泊まっていくぞ』


「泊まっていくのは構いませんが……。なぜ猫が言葉を喋るのですか、シロー様?」


 やはり、そこは突っ込んでくるよね。


『外見は黒猫だが、中身は文化人だ。たぶんブランよりは賢いはずだ。まあ、そんな感じのモンスターだと思って受け流してくれ、チルチル』


「は、はあ……」


 強引だったが、チルチルは話を飲み込んでくれたようだ。融通の利く子で助かる。


『そして、こっちのお爺ちゃんなんだが』


 言いながら俺は、テーブル席に腰掛けながらカレーライスを頬張るレオナルドのハゲ頭をペシペシと叩きながら説明を続ける。


『レオナルド先生だ。俺の先輩で、しばらく俺の仕事の講師に付いてくれる先生なんだよ。お前たちも敬って接しなさい』


「はいだべさ!」


「シロー様……。先生の頭をペシペシするのは失礼ですよ……」


 カレーライスを食べ終わったレオナルドが、椅子にふんぞり返りながらお腹を叩くと、気怠そうに言った。


「チルチルちゃん、私のことは気にしないでいいわよ。たまに来て、たまに問題点を指摘する程度の仕事しかしないからさ〜」


「そうなのですか、レオナルド先生?」


「貴方がたは、シローちゃんの指示通りにお店の繁盛に励みなさいな」


「はい……」


『それじゃあ、住み込んで一緒に暮らすとかは言い出さないんだな?』


「そこまでしないわよ。私だって年中暇な老人じゃあないのよ。自分の異世界の管理だってあるんだから、こっちの異世界に入り浸ることもできないわ」


 俺は、ホッと胸を撫で下ろした。まさか、クロエのように、突然現れて唐突に居候してくるわけではないようだ。可愛い娘さんたちと一緒に暮らすならばまだしも、カビ臭い萎れた老人と一緒には暮らしたくないのが本音である。


「それにねぇ、私のクラックゲートマジックは、時間の制限があるのよ」


『あのひび割れた裂け目のことか?』


「そうなの。あれは私が昔に作ったオリジナル魔法なのよ。ゲートマジックの進化版なのよね〜」


『どう進化してるんだ?』


「他人の異世界に、強制的に割り込めるゲートマジックよ。ただし、扉を開いていられるのは一時間程度かな。それを過ぎると、その異世界に閉じ込められるわ」


『閉じ込められるって、帰れなくなるのか?』


「まあ、閉じても、また開けばいつでも帰れるけどね〜」


『なんだよ……。帰れるのかよ』


 ホッとした。事故で一生ジジィの面倒を見なければならないオチを想像してしまったぜ。


「でも、本来のゲートマジックよりは融通が利かないわ」


『どう利かない?』


「ゲートマジックって、権利者以外は、無生物なら通過できるでしょう」


『ああ』


「でも、クラックゲートは、無生物すら通過できないの。すべてがゲート内で灰になるわ」


『何も持ち込めないのか?』


 レオナルドは着ている虹色のローブを羽ばたかせながら言う。


「この衣と髪結いの紐だけが例外かしら。これだけは、次元移動に耐えられる特別な生地なのよ。じゃないと私は、クラックゲートを通過するたびに全裸で登場しないとならないでしょう。それは、ペナルティとして残酷すぎよね〜」


『まあ、なんでも万能ってわけじゃないんだな……』


 虹色の衣、ナイス!


 もしもそれが無かったら、俺は毎回ジジィの全裸を拝まなければならなかったことになる。それは耐え難い残酷である。死んだほうがマシだ。


『ところでニャーゴ――』


 俺がテーブルの上の宇宙人に声をかけると、チルチルに優しく頭を撫でられながらご満悦な表情で和んでいた黒猫がこちらを向いた。


『なんだい、シロー。ゴロゴロゴロ〜』


 なんか喉を鳴らして気持ち良さそうだな。そんなにチルチルの撫で撫では気持ちが良いのかな。


 それよりも――。


『明日には、宇宙船の充電が終わって旅立つんだろ?』


『そうだニャア』


 唐突にレオナルドもニャーゴを撫でようと手を伸ばす。


「なんだって、ニャーゴちゃん。母星に帰っちゃうのかい!?」


『シャーーー!! 触るな糞爺!!』


「母星に帰るならば、私も連れて行ってちょうだいよ。前からお願いしているでしょう!」


『宇宙船は一人乗りニャア。無理ニャア!!』


「ぎゅうぎゅうに押し込めば、もう一人ぐらい乗れるでしょう!?」


『嫌だニャア。絶対に嫌だニャア!!』


 確かにハゲジジィとの二人旅なんて俺もご免被る。絶対に嫌だわ。


 そして、次の日の早朝――。ニャーゴが宇宙船で飛び立つ時間がやってきた。


 場所はフラン・モンターニュの上層部。鳥居のある広場。そこの岩を積み重ねたお堂跡地に髑髏の水晶が輝いていた。髑髏はニャーゴの宇宙船である。


 そのクリスタル・スカルの前に集まるはお見送りの人々。俺とチルチル。それにレオナルド。戦闘メイドを代表してソフィアとシスコの顔もあった。ブランは留守番である。


「ニャーゴさん、お腹が空いたらこれを食べてね」


『ありがとニャア、チルチル』


 チルチルがニャーゴに手渡したのは、数個のおにぎりだった。なんか、家庭的な贈り物である。


『それじゃあ、僕は帰るニャア!』


『気をつけて帰るんだぞ』


「母国に帰ったら手紙を頂戴ね。私も出すからね」


『僕たち、遠くに行っても、一生友達だからね!』


「うん、ズッ友だからね!」


 チルチルとニャーゴは、いつの間にかこれほどにまで仲良くなったんだろう……。昨晩、何かあったのか?


『それじゃあ、もう僕は行くね……』


 そう言い残すとニャーゴの身体が髑髏の水晶に吸い込まれた。そして、クリスタル・スカルが眩しく輝くと浮き上がる。


「浮いた……」


 見送りの面々の視線が髑髏の水晶に集まる。すると、クリスタル・スカルは天高く浮き上がっていく。


 最後に髑髏の水晶の内部からニャーゴの声が聞こえてきた。


『みんな、さようなら!!』


 もう、ニャーゴとは会えないだろう。870光年は遠すぎる。その距離は人類には届かない永遠の距離である。


 ウォンウォンウォンと空気を揺らす宇宙船。それは、長旅を瞬時に終わらせるための助走を取っているかのようなうなりだった。


 刹那、ちゅどーーーんっと爆音を轟かせながら、クリスタル・スカルが木っ端微塵に砕け散ったのだ。花火のように水晶の骸骨が爆散する。


『「「「「えぇーーーーーーーッ!!」」」」』


 すると空中で爆散した煙の中から黒猫が降ってきた。その落下地点に飛び込んだ俺が、焦げ付いたニャーゴをキャッチする。


 口から煙を吐くニャーゴが言った。


『修理、失敗……だぁニャア………』


 クァールのニャーゴ、母国への帰還失敗―――。


 彼はしばらく俺の家でペットとして暮らすことになった。


 また、住人が増えました。我が家はもっと賑やかになるでしょう。



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