125【魔王の宿題】
時の止まった灰色の世界の中で、二人の権利者が会話を繰り広げる。俺とレオナルド以外は、全員静止していた。
『では、今後は私を先生とお呼びなさいな』
『先生か……。まあ、しゃあない。それで、何を教えてくれるんだ、レオナルド先生よ〜?』
『そうね、まずは貴方、体力に頼りすぎているわ。それでは、権利者として、いずれ行き詰まる。挫折を味わうことになるわ』
『空手家が腕力に頼って、何が悪いんだ?』
『喧嘩だけで異世界を渡っていけないわよ。しかも、権利者としては尚のこと』
『何故に?』
『権利者は必ず金塊の徴収が付きもの。その徴収は、レベルが上がれば上がるほどに重たくなってくるわ。その重みは、いずれ国を治めていないと払いきれなくなるのよ』
『そんなに、膨れ上がるのか……』
『まあ、何千年、何億年先の話だけどね』
『確かに不老不死でいつまでも生きられるなら、どこまでも金塊の徴収量が膨れ上がるのは確かだな……』
『だから、最終的には一国の王ぐらいにはならないと駄目なのよ』
『一国の王だと……』
『私の場合は、それが魔王だったのよね。そして魔王だから、魔王なりに金塊を集められるわ。母国の土地を掘り返しまくって金塊を採掘しても文句は言われないし、さらには他国を脅して金塊を徴収することもあったわ。平和が大好きな人間たちは、戦争を避けるために金塊を献上してくれるの。そうやって、今でもウロボロスの書物を保っているのよ』
『それって、すげぇ大変じゃねえか?』
『大変よ。でも、そうしないと生きていけないの。それが、ウロボロスの権利者の人生なのよ』
『なんか、ウロボロスの書物に人生を握られているようで、切ないな……』
『それが嫌で、権利を放棄した者もいるからね。貴方の祖父のようにさ』
『俺の祖父さんも、そうだったのか?』
『って、私は聞いているわ。引退の理由を本人から直接は聞いていないから、確かではないけれどね』
『俺の祖父さんに会ったことがあるのか、先生は?』
『会議で顔を合わせる程度には知っていたわ。一緒に遊びに行ったことはないけれどね』
『そうか……』
『まあ、魔王にならなくても、一国の王ぐらいを狙って生きていかないと、将来的に詰むわよ』
『俺が王なんかに、なれるのか?』
『王だからって、何も貴方がパーフェクト超人である必要はないわ。むしろ腕力だけの化け物でも問題ないわよ』
『さっきと言っていることが違うじゃねえか?』
『ただし、周りを固めるのよ』
『周りを固めるって?』
『優れた人材を集めるのよ。本職は本職に任せるのが一番だからね』
『なるほど〜。それは名案だ。得意な野郎にやらせるのは、一番効率が良いわな』
『だから、仲間を集めなさい。次は、集めたお金で土地を肥やしなさい』
『土地を肥やす?』
『大地に肥料をまけってことじゃないわよ』
『じゃあ、なんだ?』
『土地を手に入れて、育てるの。城を建て、町を作り、人を集めるの。その中から人材を集めるのよ』
『なるほど』
『王である自分は不老不死だから死なないけれど、人々は生まれては死んでいくわ。その中で血は繋がり、それは人々の故郷となる』
『故郷?』
『故郷は結束を呼ぶわよ。国のために忠義を捧げる者も少なくない。それらは絶対に王を祀るもの。――まあ、そこまで行けたら合格ね。国王でも魔王でも何でも名乗れるわよ』
『はあ……。なんか難しそうだな』
『まずは、ここに城を建てなさい。そこから始めましょうか』
『ここに、か?』
『この山は不便で鉱物が採掘できないから捨て置かれているけれど、長い時間がかかってでも城塞化できたら、難攻不落の城が作れるわよ』
フラン・モンターニュは、周囲数キロが森である。一番近いピエドゥラ村でも1キロほど離れている。その村ですら人口は百人にも満たない。しかも住人は獣人ばかりで、一般人が近付かない魔界村のような土地である。
そこに城なんて建築できるのだろうか?
『まあ、今は財力を集めなさい。そして、仲間を増やしなさい』
『仲間か……』
『貴方がここに城を建てられたら、また会いに来るわよ。それが宿題――。まあ、頑張りなさいな』
そうレオナルドが言った刹那である。周囲が色を取り戻した。灰色が晴れると同時に時が流れ始める。
そして、レオナルドの姿が消えていた。彼が出てきた次元の割れ目も塞がり、消えている。
『ニャニャニャ! レオナルドが消えたニャア!?』
動き出したニャーゴは、レオナルドが消えて驚いていた。何が起きているのか分かっていない。
『奴は帰ったよ。今度いつ来るか分からんとさ……』
『ほ、本当かニャア……』
ニャーゴがホッとして溜め息を吐いた直後だった。再び森に爆音が轟く。すると次元に亀裂が走り、中からレオナルドが現れた。
「そうだそうだ、ニャーゴちゃんの触診を忘れていたわ。さあさあ、触らせろ〜。ほじくらせろ〜」
『にゃぁあああ! また現れたニャア!!』
こうしてお爺ちゃんが黒猫を追いかけ始めた。それを見ていた俺やメイドたちは呆れながらも撤収準備を始める。
『お〜い、爺ちゃん。あんまり猫を苛めるなよ〜』
「私は猫をほじくりたいだけなの〜。捕まえるのを手伝いなさいな!」
『シロー、助けてニャア〜。変態が、変態が〜!!』
『まったく、やれやれだぜ……』




