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124【狂気の指導】

 唐突に現れた白髪頭のハゲ老人は、神々しく虹色に煌めく白色のローブを羽織っていた。風もないのに袖や裾が緩やかに靡いている。それはまるで特殊なエフェクトのように不自然な揺らめきだった。


 ニャーゴは威嚇の姿勢で唸っているが、ソフィアやシスコは、初めて神でも見るかのような眼差しで呆けている。


「おやおや〜」


 空間を切り裂いた漆黒のクレバスを歩み出てきた老人は、鳥居の広場に大勢の人間がいるのに気づく。そして、周囲を確認しながら述べた。


「珍しいね、ニャーゴちゃん。お友だちができたのかい?」


 言いながら前進する魔法使いは、まだ気絶している仲間を庇うソフィアとシスコの間を横切り、前に出てくる。その姿をニャーゴは獣の表情で睨んでいた。威嚇状態を続けている。


『ぐぅるるるらる〜!!』


「まったく〜、いつもながら敵対的なんだから。私は、ただ撫で回して、触りまくって、触診しまくりたいだけなのにさ〜。本当に人馴れしない宇宙人なんだから〜」


 外見は老人だったが、口調はオカマのようだった。お姉言葉である。たぶん、触り方もそれなりに気持ち悪いのだろう。


『僕は、貴様が思うより健康です!!』


「何を言っているんだい、ニャーゴちゃん。君が健康かどうかで触診したいわけではないのだよ。私が君の種族を、身体を、習性を知りたいから触診したいのだよ。でなければ、動物のア◯ルに指を突っ込んで、グリグリなんてしたいわけがないじゃあないか、もぉ〜」


『お前……そんなことをされたのか……?』


『訊くな、シロー……。恥ずかしい……』


 赤面するニャーゴ。どうやら本当にグリグリされたらしい。


「んん――シロー?」


 ニャーゴが俺の名前を呼ぶと、魔法使いの視線が骸骨面を晒している俺の方に向いた。やっと俺の存在に気づいたらしい。


「ああ〜、君がシロー君なの寝〜。あら、やだわ〜、本当に骸骨なのね〜。お祖父さんのイチローちゃんにそっくりだわ〜」


 どうやら祖父も知っているらしい。


『やはり、あんたがレオナルドなんだな?』


「あらあら、私の名前も知っているのね。権利者に選ばれて、まだ一ヶ月だと聞いていたのに、案外と勉強熱心なことなのね」


 パンッと唐突にレオナルドが手を胸の前で叩いた。すると、音よりも大きな衝撃波が波のように周囲に広がった。その音は、周囲の色を灰色に染め上げると同時に、時間を静止させていた。微塵も動けない。


『な、なんだ、これは……』


 周囲を見てみれば、すべてが止まっていた。人も、草も、木も、風すら止まっている。


『時の流れを妨げたわ。これからゴールド商会の話も出るから、他の者には聞かれたくないのよね』


 視線だけが動いた。あと、テレパシーは放てる。しかし、指一本として動かない。それは、ニャーゴたちも一緒のようだった。


 そのような灰色の世界で、魔法使いが喋りだした。否。彼もテレパシーで話している。


『時間を止めさせてもらったわ。この静止した時間の中で思考できるのは、我々権利者だけなのよね。他の者は、見ることも聞くことも、考えることすら叶わないわ。まあ、私も動けないんだけどね』


『二人っきりにしたわけか?』


『そうだよ。これから愛の告白をするんだからさ。邪魔者は不要だろうさね』


『えっ……!?』


『冗談だよ。そんな初心な青春時代は、とっくに過ぎたわよ〜』


『……キモ』


 無いはずの心臓が弾けるかと思った。悪いジョークである。やめてもらいたい。


『話を戻すわね』 


『ああ――』


 話が核心に進む。


『私がこの異世界に入ってきたのは、貴方の監視が目的よ』


『監視――だと?』


『貴方のことを、金徳寺金剛様が大変気に入ってね。異世界に対してのアドバイスと指導を私に依頼してきたのよ』


『金徳寺金剛って、ゴールド商会の会長だとかいう野郎だろ?』


『ええ、そうよ。貴方、金徳寺金剛様と面会したことがないの?』


『ない……』


『まだ、そこまで信頼されていないのね。まあ、仕方ないわよね〜』


『俺は会社員をやったことがないから知らんけど、普通の会社は新入社員がそうそうに会長と面会できるものなのか?』


『どうなのかしらね。でも、私ですら会長と面会が叶ったのは、権利者に選ばれてから数年後の話だったわ。――でも、懐かしいわね、あの頃が〜』


『ってか、あんたの思い出話はどうでもいい。指導って、何を教えてくれる?』


『あら、意外ね。ちゃんと教わる気があるんだ。私ったらてっきりシローちゃんは、ツンデレっぽく振る舞って、私の指導なんて無視するかと思っていたのにさ』


 俺は落胆したかのようなテンションで述べた。


『自分よりも強い者がいるのなら、その者から学ぶのは当然の行為だろう。それは、格闘技家でも当然の振る舞いだ』


 そう、眼前の魔法使いは、俺より何倍も強いだろう。そもそもが生命体のランクが何段階も異なっていると察せられた。怪物の中でも、最上級の怪物である。


『格闘技家って聞いていたから、根性論ばかりの体育会系かと思っていたけど、案外と理論派なのね。でも、それは良いことよ』


『あんたは、格闘技家をなんだと思っていやがるんだ?』


『戦うことしか考えない脳筋のお馬鹿さん。それ以下でもそれ以上でもなかったわ』


 だいたい正解である。


『脳筋だって、考えは持っている。ただ、考えすぎるのが苦手なだけだ……』


『まあ、いいわよ。ちゃんと教わる気があるのならば、ちゃ〜んと教えてあげましょう』


 一瞬、レオナルドの中で威圧が膨らんだ。自分の強さを誇示している。


『――魔王の成り方をね』


『魔王って……。こいつ、俺をどこに導きたいんだよ……』


『狂気の世界よ♡』


 そう言いながらウィンクする爺さんは気持ち悪かった。


 オカマ、老人、ハゲ。この三拍子の融合はキツイ。生理的に受け付けなかった。話しているだけでサボイボが立ってくる。


 俺は、ニャーゴの気持が、ここではっきりと理解できてきた。これは、気持ち悪いと……。



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