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123【奇人の魔法使い】

 魔法使いレオナルド。それは、四郎の家に居候しているエルフであるクロエ・エルフィーユを現実世界に転移させた張本人の名前である。


 その実は、ウロボロスの書物の所有者の一人。二十二冊存在する、魔法使いの書の管理者である。


 その管理者が、俺の所有している異世界に入ってきている。それは、物理的にあり得ないだろうという事実であった。


 ウロボロスの書物には、一冊一冊に、別々の異世界が存在している。その異世界と現実世界を転移できるのは、その書物の所有者だけなのだ。生きている別人がゲートマジックを通過できることはない。


 その証拠に、クロエは死んでから死体だけを現実世界に運び出してから蘇生して、やっと転移ができたのだ。しかも、それは魂の移動ができるかどうかの実験であったとされている。


 その、死後の転移実験も、行ったのは魔法使いレオナルドだ。


 そのためか、シローはレオナルドに良い印象を持っていない。たぶん、頭のおかしなマッドサイエンティストだと思っている。


 そのレオナルドの名前が、黒猫クァールのニャーゴから出てきたから驚きなのだ。


 シローは、同性同名の別人ではないかとニャーゴにレオナルドの特徴を訊いてみた。


『レオナルドと名乗る魔法使いの外見は、白髪でポニーテールだが、額がかなり後退していた爺さんだったニャア。それと、白い髭が長かったニャア』


 クロエが話していたレオナルドの特徴と類似している……。


『それに、眉毛だけが黒くて凛々しかったニャア。あとは、なんか、豪華なローブをまとっていたニャア』


 完全に類似している。嫌なほどの類似であった。


『これは、レオナルド本人だな……』


 しかし、なぜだろう?


 レオナルドは、どうやって他人の異世界に侵入してきたのだろうか。たぶん、理に反した方法で、無理やりにも侵入してきているのだと思う。しかし、そのようなことが本当にできるかは疑問だった。


『これって、不法侵入とかにならないのかな?』


『ところで、人間』


『なんだ、猫?』


『僕はニャーゴだ』


『俺はシローだ』


『ところでシロー』


『なんだい、ニャーゴ?』


『あの魔法使いは、お前の仲間なのか?』


『仲間というか、同僚と言いますか……。ただ知人というわけでもないのだが……』


『ないのだが?』


『いろいろ、こっちにも事情があってな……。人間関係が難しいのよ……』


『まあ、お前らにどのような事情があるかは知らんが、知人なら言ってやってくれないか』


『何をだ?』


『解剖は、御免被ると』


『あの人は、そんなことを頼み込んでいるのか……』


『それと、宇宙船に乗せて母星に連れて行くのも断ると』


『レオナルドって、なかなかの冒険者だな……』


 ニャーゴが、困った顔を見せながら言う。


『あの魔法使いは、頭がおかしいニャア。唐突に現れたかと思ったら、僕を捕らえようとしたり、糞を回収したり、あまつさえ殺そうとしてくるんだ……。完全にDQNだニャア』


 宇宙人にDQN扱いされるとは、かなりのDQNなのだろう。


『解剖したいと言われるんだから、その気持ちは理解できるよ。今まで大変だったな……』


 さすがのシローもニャーゴに同情していた。変態に絡まれるのは辛い経験であろう。


『でも、もう宇宙船は修理が済んだんだろ。早くエネルギーを貯めて、早く旅立てよ』


『それも、あと数時間で済むニャア。あとちょっとで、エネルギーが満タンになるニャア』


『それは良かった』


『エネルギーの補充が、母星の近くまで飛ばないとできないから、できるだけ地球で貯めておきたいんだ。途中でガス欠を起こしたら、アウトだからニャア』


『途中に、ガソリンスタンドとか無いのか?』


『地球の周辺は僻地だからね、ガススタが少ないんだニャア』


『済まんな〜。この辺が田舎なばかりに苦労をかけてしまって……』


『いやいや、勝手に飛んできて、勝手に遭難している僕が悪いんだからニャア。シローは気にしないでくれニャア』


 なんか、この黒猫は、案外にも良い奴だ。宇宙人だけど、友達になれそうな気がしてきた。それが、あと数時間でお別れだというと、少し名残惜しい。


 そんなこんなで、俺たち両者が対話に花を咲かせていると、連れ去られた仲間たちを森から回収してきたソフィアとシスコが声をかけてきた。


「シロー様、全員を回収し終わりました!」


『二人ともご苦労さ〜ん』


 シローは陽気に声を返すと立ち上がる。そして、お尻についた砂埃を払うとニャーゴに言った。


『なあ、ニャーゴ。地球最後の思い出に、今晩は俺の家に泊まっていかないか。ご馳走を振る舞うぜ』


『ご、ご馳走……』


 黒猫が喉を鳴らして生唾を飲んだ。


 おそらくニャーゴは、三年間フラン・モンターニュの上層部で、一人でサバイバル生活をしていたはずだ。長いこと、真っ当な食事を取っていなかったはずである。だから、ご馳走には、涎が垂れるほどに惹かれているのだろう。


『そ、そうだニャア。最後の晩だから、ご馳走になっちゃおうかな〜……』


 そう、ニャーゴの心がシローのほうに傾いた瞬間だった。唐突に落雷が空気を揺らした。爆弾でも炸裂したかのような衝撃が周囲に轟いた。木々が、森が、大地が揺れていた。


『ッ!?』


「「きゃ!?」」


 雷に驚いたソフィアとシスコが身を丸めた。その彼女たちの背後に真っ黒な亀裂が走る。それは、空間を引き裂いたかのように時空を割っていた。割れ目からは漆黒の闇が見切れている。


『ニャーゴちゃん〜、また来たよ〜』


 割れ目から聞こえてきたのは老人の声色だった。萎れているが、若々しく明るい口調であった。


 裂けた亀裂の高さは3メートルほど。その割れ目から純白に輝くローブをまとった白髪の老人が歩み出てくる。


 白髪。ポニーテール。ハゲ。白髭。凛々しい眉毛。神々しいローブ。それらの特徴は、シローが知らされているレオナルドのものと一致していた。


『こいつが、魔法使いレオナルド……』


 老紳士の魔法使い風。しかし、その笑みには、何やら不気味な色が見て取れた。奇人の風貌であろう。怪人の笑みである。



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