122【旅行者と来訪者】
シローのジャンピング踵落としを魔法のドームで受け止めたニャーゴは、お堂の上から打撃技が得意なスケルトンを睨みつけていた。
眉間と鼻の頭に深い皺を寄せながら睨むニャーゴの表情は、黒猫というより黒豹のように見えた。それだけ獰猛に映っているのだ。
『にへぇらぁ〜』
『クソ骸骨が……』
足元のお堂の中には、ニャーゴが守っている髑髏の水晶が仕舞われている。お堂の扉が半開きになり、クリスタルの半面が覗いていた。
その髑髏の水晶は、実物の頭蓋骨と遜色ない大きさで、内部まで透明な水晶石が詰まっていた。
それは、シローも知っている秘宝によく似ている。現実世界にも存在している代物だからだ。
髑髏の水晶――クリスタル・スカル、またの名を水晶髑髏とは、人間の頭蓋骨を模した半透明の水晶を精巧に彫刻した工芸品。この工芸品が「オーパーツ」と呼ばれていることは、多くの人が知っているだろう。
クリスタル・スカル。古代マヤ文明の遺跡から発見された、水晶でできた人骨の頭蓋骨に似た形状の遺物。それは、当時の技術力では作れなかったとされ、ゆえに謎多き秘宝の一つと語られていた。
オーパーツとは、それらの謎の物品を指す言葉である。
そして、お堂の中に保管されている髑髏の水晶は、それに類似する一品。しかも、クァールの護衛付きとなれば、捨て置けない。そこをニャーゴのウィークポイントだとシローは考えたのだ。
案の定、予想は的中。
ニャーゴは身を盾にしてまで、お堂を踵落としの攻撃から守っている。要するに、自分よりもクリスタル・スカルのほうが大切なのだろう。
『まだまだ、行くぜ〜』
『ニャア!』
大きく振りかぶった右足を、中段回し蹴りで振ったシローが、ニャーゴではなく下のお堂を狙う。
唸る勢いの中段回し蹴りを、ニャーゴはプロテクションドームを大きくしてお堂ごと包み、手厚く防御した。
ダンっと激音が響き、お堂が揺れる。
ニャーゴは歯を食いしばりながら衝撃に耐えていた。身体の小さなニャーゴには、シローの空手蹴りは破壊力が強すぎるのだろう。防御の魔法越しでも、耐えるのがやっとである。
『そんなに、大切なんだ〜』
舐めた口調のシローは、体を低く沈めてからアッパーカットを放つための構えを取る。力を溜めているのだ。
『ふンっ!!』
発射されるフルスイングのアッパーカット。唸る拳が下からお堂を狙う。
ガシャンっと再び激音が響き、ニャーゴが跳ねるように揺れた。
『ニャニャニャ!!』
すると、ニャーゴが乗っているお堂が砕けた。完全にお堂が破壊されたのだ。板張りのお堂が花火のように散る。
『プロテクションドームを衝撃が貫いてきた!?』
壊れたお堂から露出した髑髏の水晶。それを抱えたニャーゴが地面に着地した。しかし、背中に背負う水晶体が重そうで、動きがうまく取れていない。
『にゃぁ……』
『動きにくそうだな。それを持って逃げ切れると思ったか?』
『貴様もこの水晶が狙いなのか……?』
『人を程度の低い野盗のように言うな』
『ニャにぃ?』
『俺たちは、行方不明になっているメイドを探しに来たんだ。今は、六人も居なくなってる』
ソフィアが小声で囁いた。
「プレートルさんを入れたら七名です」
『まあ、とにかく、その七名を返してくれたら、俺たちは帰るぞ』
『えっ……?』
ニャーゴは信じられないと言った表情を見せていた。てっきり髑髏の水晶を狙ってきた俗物だと思っていたのだろう。
『だから、早くメイドたちの居場所を教えやがれ。まさか、殺してないよな?』
『にゃ……』
すると、ニャーゴが背負っていた髑髏の水晶が光り出した。そして、水晶体の中から二人のメイドを吐き出したのだ。それは、ティグレスとラパンの二人であった。
『持って帰れ……』
髑髏を背負ったニャーゴがジリジリと後退すると、ソフィアとシスコが気絶しているメイド二人を回収した。
『他の連中は?』
『森の中で、気絶しているニャア……』
俺が視線だけでソフィアに合図を送ると、彼女は走って森の中に仲間を探しに行った。
『一つ聞いていいか、猫?』
『ニャーゴだ』
『でえ、ニャーゴ。お前さんは、ここで何してるんだ?』
言いながらシローは地べたにストンと腰を落とした。胡座をかいて座り込む。その姿勢と髑髏の表情からは、敵意が消え去っていた。そのぐらいはニャーゴにも悟れた。
背中に背負っていたクリスタル・スカルを横に置いたニャーゴも、戦闘態勢を解除する。対話を受け入れたのだ。
『お前たち文明の低い地球人には理解が難しいだろうが、このクリスタル・スカルは宇宙船だニャア』
『えっ、それってスターシップなの!?』
『そうだよ……』
『そんなに小さいのにか!?』
『本来なら乗り込むのも可能だ』
『すげ〜』
『でも、今は故障中で動かない。やっと修理が済んだのだが、今度はエネルギーが不足していて、起動実験も叶わない……』
『あらま〜』
『遭難したんだ……』
『えっ?』
『僕は、遭難したんだニャア……』
『そうなん、ですか〜?』
それからニャーゴの話を聞いて、いろいろ分かったことがある。
ニャーゴはM780光年先から、ハイスクールの卒業旅行で一人旅を楽しんでいたところ、宇宙船であるクリスタル・スカル号が故障してしまい、地球に不時着したらしいのだ。
不時着した宇宙船は完全に機能が停止して、母星に救援信号すら送れず、困っていたらしい。
それから三年のサバイバル生活がフラン・モンターニュで始まったという。
水脈を見つけ、獲物を狩って、草木を食べ、木々の隙間を家の代わりに暮らしていたらしい。
そして、長い苦労の末に宇宙船の修理が完了。しかし、エネルギーが不足していたため、鳥居式魔力充電方式を利用して、少しずつ宇宙船のエネルギーを貯めていたらしいのだ。
だが、そのような中で、予想外の来訪者が現れたという。
『それが、メイドのティグレスやラパンだったんだな』
『違うよ。メイドたちじゃないニャア』
『え?』
『現れたのは、レオナルドと名乗る魔法使いだニャア』
『エエッ、レオナルドだと!!!!!』
最近知ったばかりの、その名前――。
『なんで、レオナルドが……』
シロー、今日一番の驚きであった。




