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119【強敵ニャーゴ】

 プレートルのキャンタマを襲撃した黒猫が、這いつくばるプレートルと気絶しているルナールの足を取って森の中に引きずって行く。そのスピードは、小柄な猫とは思えないほどの速さだった。引きずられる二人から砂埃が上がっている。


 小柄とはいえ武装したルナールに、完全武装の巨漢であるプレートルを同時に引きずって移動している黒猫は、相当なパワーだと察せられた。二人合わせれば、優に140キロは超えているはずだ。それを難なく運んでいるのだから凄い。


「ルナール!」


『プレートル!』


 二人を森の中に引きずり込んだ黒猫が、しばらくすると悠然たる足取りで、ゆっくりと出てきた。


『残るは、三人ニャア――』


「ぬぬぬ……」


 強い震脚を踏んだソフィアが、ガントレットを装備した構えを築く。中段正拳突きを狙った構えである。


「ふむむむむ!!」


 続いてパンダ娘のシスコがハルバードを両手で回転させながら威嚇していた。ポールウェポンの真ん中を持って回す速度が、時間とともに風切り音を増していく。


「行くぞ!」


「参ります!」


 刹那、ソフィアとシスコが二人同時に飛び掛かった。シスコはハルバードを長槍のように突き出しながら突進し、ソフィアは高くジャンプしながら飛び掛かって行った。


『ストーンウォール!』


「魔法だとっ!?」


 唐突に黒猫が魔法を唱えると、三人の間に石の壁が迫り上がり視界を塞ぐ。その壁は縦横3メートルの幅だった。進行を妨害するには十分な大きさである。


「まあっ!?」


「ぬぬぬっ!?」


 シスコは壁に阻まれて足を止め、ソフィアは壁に激突して落下した。


 さらに壁の後ろから詠唱が聞こえてきた。


『サンダーボルト!』


 刹那、ソフィアとシスコの頭上に発光体が現れた。その発光体がスパークすると、雷が二人の脳天めがけて降ってくる。


「「ぎゃぁっ!!!」」


 雷に撃たれたソフィアとシスコが膝をついた。その体からは焦げ臭い煙が上がっていた。


「ぜぃぜぃ……」


 二人が息を切らしていると、ストーンウォールが消滅する。砂となり、塵と化して、空気に溶けて消える。


『フィニッシュだニャア!』


 そう言いながら口を開いた黒猫の口内で、光が収縮していくのが見えた。魔力を圧縮しているようだ。それが、高破壊力魔法だと悟れる。


『ニャンコ砲、発射だニャア!』


 黒猫の口から放たれる極太の波動砲光線。それは、人ならば一人の全身を完全に包み込めるほどのサイズだった。


「「っ!」」


 熱風の閃光がメイド二人に迫る。先ほどの雷撃ダメージが体に残っている二人には、回避は不可能だった。下半身が痺れて動かない。


「これまでか……」


「ぬぅ……」


 ソフィアが諦めて俯いた刹那、自分たちの前で波動砲光線が拡散して消えた。二人は無傷で済む。


「「『っ!?」」』


『あぶねぇ〜な〜』


 そう呟いたのはシローだった。恵比寿の仮面にスポーツウェアの長身が、二人の前に立ち塞がり波動砲光線を防いだのだ。その眼前には、魔法のシールドが輝いていた。


 ソフィアが囁く。


「マジックプロテクション……」


『ヴァンピール男爵の戦い方を見てね、対魔法攻撃の対策を組んでおいて助かったぜ。まさか、こんなに早く役に立つとは思わなかったがな』


 マジックプロテクションLv3だが、それでも結構な防御力があるようだ。


『にゃまいきニャア。僕の魔法を防ぐとは……』


『猫のくせに魔法を使うなんてズルくね?』


『もともと我々クァール族は、魔法使いタイプが多い種族でね。このぐらいの魔法なら僕でも使える!』


『そうかい、そうかい――』


 そのように黒猫を軽くあしらってから、シローは後方のメイドたち二人に言った。


『ソフィアさんとパンダさんは、少し後ろに下がっててくれないか』


「シロー様……」


『足手まといになる――』


「ですが……」


 引き下がらないソフィアの肩に、シスコが手を掛けた。ソフィアが振り向くと、パンダ顔が首を横に振る。それを見て、ソフィアは諦めたのか、二人で後退していった。


 その様子を見送ったシローは、前を向き直す。自分よりも遥かに小さい黒猫を見下ろすように睨み付けた。


『子猫ちゃん、遊ぼうか。可愛がってやるぜ!』


『僕は男の子だ!』


『関係ねぇ〜よ。人間は、猫を、可愛がりたいんだよ!』


『させるか!』


『吸わせろ!猫の香りを深呼吸させろ!』


『僕で猫吸いすんな!』


 ダンっと、地団駄を踏んだシローが構えを築いた。それから名乗る。


『俺の名前は、シロー。貴様は?』


『僕の名前は、クァール族のニャーゴ!』


『可愛い名前だな!』


『良い名と言え!』


 その言葉を最後に、会話は終わった。代わりに、男同士の闘いという会話が始まる。ここからは、闘志と闘志のぶつかり合いで話を進める。


『だんっ!』


『返り討ちにしてやる!』


 最初に踏み込んだのは、シローだった。しかし、先に攻撃が届いたのはニャーゴのほうだった。


 黒くて長い触手が、鞭のようにしなってシローの顔面を狙う。その距離は3メートルは離れていただろう。


『ぬっ!』


 パチーンっと空気が弾ける音。まるで鞭を振るったかのような激音。それはソニックブームとなり、シローの眼前で空気を叩いて弾けた。


 その途端――シローの被っていた恵比寿の仮面が粉砕する。木っ端微塵に割れたのだ。髑髏の素顔を晒す。


『当たっていないのに、この威力か!?』


『まだまだニャア!』


 連続で振られる二本の触手。それは、鞭の乱打のようにシローを襲う。シローはその鞭打ちを躱していたが、鞭先が放つソニックブームによって次々と着ているウェアが破けていく。数秒後には、ウェアがボロ雑巾に変わっていた。


『なんの!』


 直撃を避けながらも被弾を重ねるシローは、それでも前へ、前へと進み、ニャーゴとの距離を縮めていく。やがて――。


『ニャニャア!』


『間合いに、入ったぜ!』


 地面スレスレの高さから触手を振るうニャーゴ。その射程内に踏み込んだシローは、軸足にスナップを効かせ、カーフキックの高さで下段回し蹴りを繰り出した。


『せいっ!』


『ひょ〜〜〜ん』


 しかし、シローの下段回し蹴りは簡単に回避された。ジャンプ一閃で回避される。猫の身軽さを侮っていたのだ。


『戦いづれ〜……』


 そう、戦いにくいのだ。


 シローの身長は190センチ。それに比べてニャーゴの身長は、20センチもないだろう。それが、戦いにくさの原因だった。


 シローの攻撃が届くのは、せいぜい足技くらい。手技は何一つ届かない。


 なのに、ニャーゴのほうは――3メートルもある長い触手が、地面の高さからシローの顔面まで悠々と届くのだ。


 これは、常識外れなリーチ差だった。


 今までアウトボクシングの選手と何人も戦ったが、これだけのリーチ差を感じたことがない。




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