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118【クァール族】

 お堂の上に鎮座して、こちらを睨み付けてくる黒猫。その黒い背中には、尻尾よりも長い触手が二本生えていた。それは、蛇頭のようにクネクネとうねっている。


 しかも黒猫は、悠長な人語をテレパシーで話す。自分のことを優れた宇宙生命体のクァール族だと言っていた。


 クァール――その名に覚えがあった。


 小さな頃に遊んだRPGのテレビゲームでの話だ。FFシリーズの何作目か忘れたが、そのゲームの中にクァールと言うモンスターが居た覚えがある。


 外見は体格の良い豹だったと思う。あれほど小さな黒猫ではなかったはずだ。その背中には、鞭のような二本の触手が動いていた記憶が残っていた。


 その他にもSFアニメで、主人公たちの宇宙船に乗っていた大きなクマのような生き物がクァールと呼ばれてたはずだ。クマなのに宇宙船を操縦していたから、かなり賢い生物なのだろう。人語も理解しているようだった。


 クァールとは、なんでも昔のSF小説に登場した、宇宙生命体が元ネタだと聞いたことがあったが、あまり詳しいことは俺も知らない。何せSFには、あまり興味が無いからだ。


 そのクァール族と名乗る黒猫は、お堂の上から俺たちを見下ろしながらも、凛とした眼差しでこちらを凝視していた。その眼光には、威嚇の色が強く伺えた。シャーっと猫らしく叫びそうな面構えである。


 一瞬で戦闘メイドたち三名を攫って行動不能に追い込んでいるところから、この黒猫が、相当な戦闘力を有しているのは確かだろう。


 攫い、移動させて、黙らせる。剰え、攫った獲物を隠す。これだけのことを、この小さな体でやってのけるのだ。かなり強いのは間違いない。


 そして、あの二本の触手。あれが、それだけの芸当をやってのけるだけのパワーがあるのだろう。


 小さい故に速い。なのに、パワフル。それを注意しないと、我々もやられてしまう。子猫だからといって舐めていたら返り討ちにあう。その戦闘力は、絶体的に警戒すべきことだ。


 黒猫とお堂を囲むように身構える俺や戦闘メイドたち。早くも三名を失っているが、まだこちらには六名が残っている。数ではこちらが有利であった。


 俺にプレートル。戦闘メイドはゴリラ娘のソフィア。パンダ娘のシスコ。狐娘のルナール。そして、黒猫娘のミオである。


 俺は当然ながら素手だが、その他のメンバーは全員が武装していた。


 ソフィアはスパイク付きガントレット。プレートルは片手用メイス。シスコはハルバード。ルナールとミオは、片手剣に丸いバックラーを装備していた。各自がプレートや革鎧を装着しているから防具も万全である。


 ソフィアが皆に聞こえるように言った。


「シロー様、全員で一斉に飛びかかりましょう!」


『得策だな』


「では、3・2・1・GOで!」 


『了解した!』


「3・2・1――」


『ちょっと待った!!』


『「「「「んん!?』」」」」


 突然に静止を放ったのは、我々に包囲されて狙われていた黒猫だった。可愛らしい肉球の掌を前に出してストップを出している。


『何故に止める!?』


 黒猫は人語のテレパシーで提案する。


『少し場所を変えないか?』


『場所を?』


『僕はここで、戦いたくないからだ』


『なるほどね――』


 要するに、黒猫の足元にある髑髏の水晶を傷付けたくないのだろう。あれは、それだけ大切な物だと伺える。


 ならば、結論は一つのみだ。


『――断るッ!』


 不意を突いたダッシュからのクイックジャブ。その瞬速のパンチが唐突に黒猫を襲った。


『卑劣な!』


 しかし、黒猫は後ろに跳ね退くと、すんなりと俺のジャブを回避してみせる。さらには、後方にいたミオの首に触手を巻き付けて引っ張り、俺との距離を取った。


 俺は、さすがにお堂が前方にあって追撃に出られない。しかも、触手で首を締められたミオが、一秒か二秒の後に白目を剥いて膝から崩れ落ちたのだ。


 おそらく頸動脈を締められて失神したのだろう。


「おのれ、化け猫め!!」


「ミオちゃん!!」


 両サイドにいたプレートルとルナールが、黒猫に攻撃を加えようと武器を振るう。しかし、ミオの首を締めていた触手を緩めた黒猫は、今度はルナールに飛びかかった。


 小さな体を錐揉みスピンさせながらルナールに飛びかかる黒猫は、狐娘の眼前で小さな後ろ足を振るい、後ろ回し蹴りを顎先に打ち放った。可憐なローリングソバットである。


 その後ろ回し蹴りは、顎先を掠めるように音もなく蹴り飛ばすと、狐耳の下の頭を揺らし、脳震盪を引き起こして敵を討ち取る。


「え……?」


 ルナールの視界が僅かに揺れた刹那であった。彼女の意識は途切れてしまう。そのまま前のめりで倒れたルナールは、お尻を突き上げたままの姿勢で動かなくなった。


 おそらく、相当ながらに重い蹴りだったのだろう。かなり熟練したマーシャルアーツの廻し蹴りだった。猫なのに恐ろしい脚力である。


 さらにジャンプした黒猫は、続いてプレートルに襲いかかった。そして、横一線に猫爪を振るって両目を引っ掻き、視界を奪う。


『ニャア!』


「ぎぃぁああ、目が、目が〜!!」


 黒猫は、すぐさまプレートルの両足首を触手でとらえる。そして、触手で足を引っ張り転ばせると、今度は自分が高く飛び上がった。


 二本の触手にとらえられたプレートルの両足が開かれる中で、宙に飛んだ黒猫の触手が限界まで伸び上がる。


 それは、まるでパチンコのゴムを引き伸ばしきったかのような光景に見えた。


 そして、黒猫の体が勢いよく放たれた。それは弾丸の速度である。


 頭からプレートルの股間に向かって――。


 そして、命中……。


 黒猫が弾丸のようにプレートルの股間にめり込んでいた。猫ミサイルである。


「ぎぃぃぁああああああ!!」


 金的を豪快に撃たれたプレートルが悲鳴を上げた。俺たちは、その光景から目をそらす。


『くっ……』


 哀れすぎる。男にとって、地獄の苦しみだろう。


 この黒猫は、容赦がない。酷い宇宙生命体である。キャンタマを狙うなんて外道そのものだ。


『ひでぇ〜、猫だな〜……』


『不意打ちを仕掛けてきたお前が言うな!!』


 正論である。



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