115【行方不明事件】
俺が庭先に出ると、ちょうどブランが薪集めから帰ってきた。森のほうから背負子で薪を運び出している。
「おはようございます、スロー様。あっちの国から帰ってきてただか」
『ブラン、おはよう。薪集めご苦労だな。なかなかたくさん拾ってきたじゃあないか』
俺に言われると、ブランは早朝の手柄を見せつけるかのように、背中に背負った薪の束を誇らしげに見せてくる。
「わたスは薪集めのプロですから。このぐらい朝飯前だす」
『おうおう、元気だな。それで、トレーニングもちゃんとやってるか?』
「はいだす。朝起きたら腕立て伏せ五百回、腹筋五百回、スクワット千回、ストレッチも準備体操に欠かしてませんだ!」
『感心感心。それじゃあ、朝飯にするか』
「はいだす!」
俺とブランが家の台所に戻ると、チルチルがトーストを焼いて待っていた。トーストは現代から持ち込んだ食パンで、フライパンで焼いている。さらに焼かれたウインナーと目玉焼きが木の皿に盛り付けられていた。
もちろん、ウインナーは現代の代物だ。しかし目玉焼きに使っている卵だけは、お隣の奥さんからもらったものらしい。
なんでも引っ越しの挨拶で、チルチルが塩の袋を近所に配ったらしく、そのお返しで卵をもらったという話だ。
この異世界には冷蔵庫がない。だからもらった卵は早めに使わないといけない。で、こうして朝食に登場したというわけである。
俺は朝食を食べる二人を眺めながら、チルチルに訊いてみた。
『お隣の、え〜っと、なんて言ったっけ?』
「リンジーンさんですか?」
『そうそう、そのリンジーンさんって家は、家畜をたくさん飼っているのか?』
「田舎の農家ですからね。町の人々に比べれば、けっこう飼ってますよ」
『どのぐらい飼ってるんだ?』
お隣と言っても、100メートルほど離れているから我が家からは様子が伺えない。だから、どの程度の家畜を飼っているのかわからなかった。
チルチルが思い出しながら言う。
「鶏が放し飼いで二十羽ほど、豚が十頭、牛は四頭ほど飼ってましたよ」
『それで、卵をくれるほどあるのか』
「我が家も家畜を飼いますか? 卵などが毎朝食べられるのはありがたいですよ」
『やっぱりそうなのか』
「わたスも目玉焼きは大好きだべさ!」
「ブランもこう言ってますから、手始めに鶏から飼いますか?」
『そうだな。今度リンジーンさんに相談して、鶏でも分けてもらおうか』
たぶん塩や砂糖をお礼に、物々交換できるだろう。
『――チルチル、飼育とかできるよな?』
「鶏を育てたことはありませんが、その辺はリンジーンさんに聞きながら育てれば問題ないでしょう」
『田舎の強みだな。持ちつ持たれつってわけか』
「はい、そうです。田舎はほのぼのしてますね。和やかで私は好きですよ」
にこりと微笑んだチルチルが、大口でトーストを頬張った。むしゃむしゃと咀嚼音を立てながら食べている。
そして、朝食を終えた二人が後片付けに励む。その間に俺は店の前に出て、箒を持って出入り口前の清掃を始めた。
のどかな微風が俺のウェアをなぞるように吹き、やわらかく揺らした。風には春の香りが混じっていた。遠くでは、黄色い稲穂が揺れている。もう少しで収穫期だろう。
この異世界には、春夏秋冬の区分が曖昧である。
十一月から一月が冬だが、雪はほとんど降らない。降る年と降らない年があるらしく、降っても薄っすら積もる程度だという。
そして二月から春になるが、この世界の春は一瞬で終わってしまう。そのため春という概念自体が希薄で、二月から六月までが“夏”と認識されている。
六月が過ぎると“秋”になるが、それも十一月まで。つまり、この世界では「冬夏秋冬」というサイクルで季節が巡っているらしい。
そもそも日本のように春夏秋冬がはっきりと巡ってくる地域の方が世界的にも珍しいのだろう。
現代世界とは違うが、今はこの世界も、そして現代世界も、五月である。気候は異なれど、月ごとの季節感は一応連動しているようだった。
そんなのどかな午前中。暇を持て余した俺が店の前を掃除していると、少し離れた農道をメイドたちの行列が歩いて来るのが見えた。
メイドの数は七人。おそらくヴァンピール男爵のところのメイドたちだろう。
先頭を歩いているのは、金髪ゴリラアームのソフィアだった。なんだか真剣な眼差しで、足取りも速い。しかも全員が武器を持っており、完全武装状態だ。
『お〜〜〜い、ソフィア〜』
俺が手を振って呼び止めると、メイドたちがこちらを向いてお辞儀をした。
『朝から何かあったのか〜?』
俺の大声に反応して、メイドたちの足取りが変わる。速度を変えてこちらに向かってくる。
俺の前に到着したソフィアとメイドたちが、改めて頭を下げた。そして、困った顔で俺に相談してくる。
「シロー様。もしもご迷惑でなければ、お力をお借りしたいのですが、よろしいでしょうか?」
『なんだ、話によるが?』
「実は、今朝から私たちの同胞である戦闘メイドのティグレスとラパンの二名が、行方不明になっておりまして……」
『行方不明とは、大変だな』
「昨晩からフラン・モンターニュの戦闘跡地を清掃していたのですが、ゴブリンの洞窟が崩れた坂を登って上に上がった二人が戻ってこなくて……」
眉を顰めるソフィアは、本当に二人のことが心配なのだろう。少しソワソワしている。
『また、あの岩山か……。本当に騒ぎが絶えない場所だな。それで、俺に何をしろと?』
「二人の捜索を手伝ってもらえませんでしょうか。何せ、フラン・モンターニュの上層部は、何かと不明なことが多い場所です。あの二人が戻ってこないとなると、もしかしたら凶暴なモンスターが住み着いていたのかもしれませんから……」
『それは、面白いな』
俺は恵比寿の仮面の奥で微笑むと踵を返す。
『ちょっと時間をくれ。俺も行くから準備をしてくるぜ!』
「はい!」
そう言いながら俺はウキウキしながら店内に戻る。捜索のための道具を準備しに行く。