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12【文化の進化】

 鏡野響子と鬼頭二角が帰ってから俺は、玄関前の敷地に設置されたコンクリート造りのベンチに腰掛けながらスマホをいじっていた。


 俺の実家は住宅街の隅に在って、正面には田んぼの景色が広がっている。秋になると小麦色の風景が広がる穏やかな片田舎であった。


 今、俺が腰掛けているのは祖父の時代に作られたベンチである。おそらく祖父も、このベンチに腰掛けながら田んぼの稲穂を眺めていたのだろう。


「金塊、30グラムって……」


 俺はスマホで金相場を調べていた。30グラムがどのぐらいに成るのか検索している。


「30グラム、四十六万……。10グラムあたり十五万ぐらいか……。すげぇ〜、高いな……」


 金の相場なんて気にしたことが無かったから少し驚いた。今までの人生で金塊なんて購入すらしたことがなかったから当然の驚きだろう。


 俺はこれから毎月30グラムずつ金塊を集めなければならない。そうしないと一ヶ月で一歳も歳を取ってしまう。それは御免である。


 鏡野響子曰く、異世界でも金貨を稼げば簡単に金塊が集まると言っていたが、本当なのか良くわからない。


「そもそも金貨って、一枚辺り何グラムあるんだろう?」


 それも俺はスマホで調べてみる。検索の結果は――。 


「金貨一枚あたり1グラムから2グラム程度。だいたいどの金貨も1.5グラムぐらいなのか……」


 最近のスマホは便利である。知らないことを検索しただけで答えが見つかる。文明の力とは凄いものだ。


 だが、異世界ではスマホは使えない。電波が届いていないからだ。だから知識面では頼れない。学がない俺には少しキツイ話である。


「よし――」


 俺はスマホをズボンのポケットに仕舞うと立ち上がる。家の中に戻った。


 それから俺は台所を目指す。


「たしか、この辺にしまったよな……」


 俺は食品が保存されている戸棚を漁る。そこから塩を一袋取り出した。500グラムの袋に詰まった家庭用である。


「鏡野さんは、これが高く売れるとか言ったよな……。塩なんて本当に売れるのか?」


 俺が食塩袋を持って考え込んでいると、唐突にスマホが鳴り響く。電話の着信だ。


「誰だ?」


 知らない番号からの通話だった。とりあえず俺は電話に出てみる。


「もしもし、どなたですか?」


『私よ、私〜』


 女性の声である。気軽に話しかけてきていたが、俺には女性の知り合いは少ない。それに聞き覚えが無い声だった。


「えっ?」


『鏡野響子よ』


 否、知っている女性だった。さっき会ったばかりである。


 それよりも――。


「何故に俺の電話番号を知っているんですか?」


『ゴールド商会の情報網を舐めないでよね』


 どこまでも怪しい会社である。ますます不信感が大きくなってしまう。


「それで、何用ですか?」


『貴方、今、台所に居るでしょう』


「はい……」


 どこからから見張っているのだろうか。俺は窓の隙間から外を眺めてみた。だが、人影は見つけられない。


『違う違う、後ろを見てご覧なさい』


「後ろ……」


 俺が振り返るが見慣れた台所には誰も居ない。台所どころか家に居るのは俺だけだ。


『鏡を覗いてみなさいな』


「まさか……」


 台所の壁際に昔っから鏡が駆けられていた。その鏡に銀色ののっぺらぼうが映り込んでいる。それは鏡野響子が見せたドッペルゲンガーの姿だった。


 鏡野響子がドッペルゲンガーの姿で、鏡の中から俺の家を覗き込んでいたのだ。


「妖怪かよ……」


『貴方が髑髏の書と契約したから、鏡の中の私が見えるようになったのよ。私は少し前から貴方を監視していたの。鏡の中からね』


「プライバシーの侵害だな。今後はやめてもらいたい……」


『検討するわ』


 鏡野響子は無表情のままに笑っているようだった。おそらく監視は任務だったのだろう。だから悪意は感じられない。


『私の鏡術は鏡の中から別の場所を覗き見れるけど、音は聞き取れないし、言葉を届ける事もできないの』


「だから電話をかけてきたのですか?」


『そうよ』


「それで、何用ですか?」


『ちょっと見ていたらアドバイスをあげたくなってね』


「アドバイスですか?」


『貴方は貴方が所有している本の異世界を管理しないとならないの』


「はい、わかっています」


『その異世界は、貴方と共に時代が進んでいくわ。もしも、こちらの世界から文明を持ち込んだ際は、それがきっかけで異世界の文明が進むかもしれないの。そうなったときに、持ち込んだ異文化次第で、異世界の文明は急速に成長するやもしれないわ』


「何が言いたいんですか?」


「文明が発達したら、あっという間にこちらの世界に追い付くかもしれないの。そうなったときに、金塊を稼ぐのは、こちらの世界と同じぐらい難しくなるわよ」


「あ〜、なるほど……。異世界の文明が低いのが、こちら側のアドバンテージなのか。それが縮まれば縮まる程に金塊を稼ぐのが難しくなるってわけだ」


『そういうことよ。だから異世界に要らない教育を施すようなマネは避けたほうが良いわよ』


 優れた文化を持ち込まない。それが得策らしい。


「了解しました」


『だからね、塩を持ち込むのはいいけどさ、その塩が入っている袋は持ち込まないほうが良いわよ。ビニールって異世界にないでしょう』


「たしかに……」


 ならばと俺は、室内を見渡した。そして、要らないYシャツと鋏を手に取る。それと戸棚から凧糸を取り出した。


 俺は白いYシャツを鋏で四角くく切ると、その上に塩袋を開けた。そして、山盛りの塩を風呂敷のように包むと太い凧糸で口を結ぶ。


「これだったら良いかな?」


『まあ、上出来ね』


 俺は手作りの塩袋をアイテムボックスに仕舞う。


『これからも持ち込んで良い物悪い物を考えながら持ち込みなさい。異世界の文化レベルを上げるような物は、できるだけ避けるのよ』


「了解した」


『前に居たのよね。異世界の文化レベルがこちらの文明を超えた結果、異世界が滅亡してしまって、金塊を集められなくなった権利者がね』


 滅亡……。


「その人物は、どうなったんだ?」


『もちろん、老死したわ。金塊をあつめられなくなった輩の末路よ』


 なるほど、使えなくなった者は、容赦なく切るのがゴールド商会のやり方らしい。怖い怖い……。


 やはりゴールド商会は信用したらいけない集団のようだ。向こうが金塊集めにこちらを利用しているように、こちらもゴールド商会を利用する程度の付き合いが良いのかもしれない。


「それじゃあ俺は、向こうの世界に戻りますから」


『気を付けてね』


 俺は鏡に向かって手を振った。チルチルの朝食などを持って異世界に戻る。



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