113【山の上】
時は夜明け前。まだ森の中は暗く、夜空をうっすらと水平線からの明かりが照らし始めていた。早朝が始まる寸前のことである。
そんな時間帯、ヴァンピール男爵に仕える戦闘メイドのソフィア、ティグレス、ラパンの三人が、リビングアーマーたちを引き連れて森の清掃作業に励んでいた。
ピエドゥラ村から1キロ離れた山――フラン・モンターニュ。その西側に広がる森の中は、先日の戦闘で荒れていた。
森の奥には、ゴブリンが築いた砦の残骸が山となり、その周辺にはゴブリンの亡骸が数百体ほど散らばっていた。中には、ゴブリンに返り討ちにあったリビングアーマーのパーツもいくつか転がっている。
メイドたち三人は、それらを片付けていたのだ。戦後処理である。
リビングアーマーの残骸は、回収すればまだ使える部品もあるだろうし、最低でも鋼材として再利用が可能である。だから捨て置くわけにはいかない。
ゴブリンの死体は、リンゴの木の栄養分にするためにリビングアーマーたちによって集められ、夜のうちにリンゴの木の下へと運ばれていた。
リンゴの木は、昼間は光合成を必要とするため周囲の生き物を襲って大地の栄養分にしてしまうが、夜の間は眠ったかのように大人しい。だから夜のうちに死体を移動させるのだ。
ゴブリンの死体は臭く、家畜の餌にもならないため、リンゴの木の肥料にするのが妥当である。これはどこでも行われている処分法だった。
「ふぅ〜、だいたい後片付けは済んだか〜」
「そうだな。ゴブリンの死体も残ってないし、あとは砦の残骸をもっと細かくして、薪にして終わりかな」
ソフィアの話を聞いて、斧を持っていたティグレスが片手で力こぶを作りながら笑顔で言った。
「よ〜〜し、力仕事ならあたいに任せな! バンバン薪にしてやるぜ!」
「もう、こんな時だけ頼もしいんだから……」
ソフィアが呆れていると、何かの物音に気付いたラパンが、ブラン・モンターニュの崖上を見上げた。
「どうしたの、ラパン?」
ウサギ耳をぴんと立てながら山の頂上を見上げるラパンが答える。
「いや、何かの動物の鳴き声が聞こえた気がして……」
「鳴き声?」
ソフィアもティグレスも、ラパンの視線の先――崩れた洞窟の方角へと目を向ける。洞窟が崩れ落ちたことで、絶壁に若干の傾斜ができていた。
絶壁はコの字型。その内側にあたる部分が、崩落によって坂になっているのだ。
ティグレスがコの字の坂を指差しながら言う。
「あの坂から上に登れそうじゃないか?」
確かに登れそうだ。土砂崩れでできた坂は、距離にして約100メートルあるが、絶壁寄りの部分は比較的傾斜が緩やかで登りやすそうだ。
「やめておきなさいよ、ティグレス。崩れたばかりの場所なんだから危ないわよ。また崩れたら死んじゃうわよ」
「よし、一丁登ってみようぜ!」
斧を木の残骸に突き刺したティグレスが、コの字の坂に向かって歩き出す。本当に登るつもりらしい。それを面白がったラパンも続く。
「私は、登らないわよ……」
「ソフィアちゃんは付き合いが悪いですね〜」
「あいつは真面目ちゃんだからな。それよりも、上に何かないかな?」
「お宝があったらどうします、ティグレスちゃん?」
「そりゃ〜あ、独り占めするだろう!」
「ラパンちゃんがいるのに独り占めとかしないでよね!」
「そうだった、忘れてたぜ!」
「も〜!」
そんなふうに賑やかな会話を交わしながら、二人のメイドは坂道を這いつくばって登っていく。やがて二人は頂上に辿り着いた。
「高いな〜」
後ろを振り返って景色を眺めるティグレス。その虎顔を、朝日が照らし始める。
フラン・モンターニュの高さは約100メートル。なかなかの高さである。その頂に立ったティグレスの金髪が、微風にふわりと揺れた。
「清々しいな〜」
ティグレスは朝日に向かってボディービルダーのようにモストマスキュラーポーズを決め、自慢の筋肉を誇示する。馬鹿と煙は高いところが好きというが、まさにその好例だろう。
「ねえ、ティグレスちゃん――」
「なんだよ、ラパン?」
ティグレスが振り返るとラパンが真っ直ぐ後方の森の中を凝視していた。何かを見詰めているが、警戒しているといった感じでもなかった。
「森の中に……何かあるよ」
「何かって、なんだよ?」
「さぁ〜……?」
首を傾げながら森を見下ろすラパンに続き、ティグレスも視線をそちらへ向ける。そこには、確かに何かが築かれていた。
それは、人工物のようだった。
「なんじゃい、あれ?」
「門、かな?」
確かにゲートっぽい作りだが、扉は無かった。
「フラン・モンターニュに調査が入ったのって、確か……」
「二十年ほど前だったって、男爵様から聞いたことがあるわ。その時の調査団が残した置き土産かしら?」
「なんじゃろうな?」
二人は恐る恐るではあったが、森の中へと足を進めていった。人工物らしき構造物の前に辿り着く。
「やっぱり、門だな……」
二人が見上げた門は、四本の木材で組まれていた。横に二本、縦に二本で構成されたその門は、高さ2メートル、幅も同じく2メートルほど。そして、門柱には赤く着色された痕跡が残っていた。しかし、その他には扉も壁も無い。門柱だけなのだ。
だが、メイドたち二人は知らない。それが――日本では「鳥居」と呼ばれ、神の通り道とされるものであることを。
「奥にまだ何かあるよ……」
「行ってみようぜ」
「うん」
鳥居をくぐって、森の中に進んでいく二人はさらなる建築物に行き当たる。
「なんじゃこれ?」
「なんだろうね?」
それは、プラミット型に積み上げられた平たい石の山。石は丸みがあって角がない。高さは2メートルほどである。その頂上に小さなお堂が築かれていた。
お堂のサイズはバスケットボールが入る程度の大きさで木造。だいぶ月日が立っているのか木材は薄汚れている。屋根の下に扉があり、中に何かが入っているようだった。
「扉があるね。中に何か入っているのかな?」
「ラパン、開けてみろよ」
「嫌よ、ティグレスちゃんが開けてよ」
「分かったぜ。あたいが開ける」
そう言いながら怯えることなくティグレスがお堂の扉を開けた。そして、中を覗き込む。
「なんじゃ、これ……?」
「なになに?」
ティグレスの大きな肩越しにラパンもお堂の中を覗き込んだ。そこで見た物は――。
「水晶の髑髏……」
「やったわ、ティグレスちゃん、お宝よ!」
「これ、高く売れるのか?」
その後、二人のメイドは行方不明になる。フラン・モンターニュの下で待っているソフィアの元には戻ってこなかった。




