109【クズエルフ】
「ここがトイレだ」
「はい」
「これが洗濯機ね」
「はい」
「ここがお風呂ね。古い家だからシャワーはないぞ」
「はい」
へぇ〜、こいつ、襖縁を踏まないように跨いでいる。外国人を名乗っているのに、古い仕来りとか知っているんだ。
「冷蔵庫や台所は自由に使っても構わんが、ゴミの始末は頼んだからな。ゴミ出しも頼むぞ」
「はい。家賃などを無料にしてもらい、部屋を提供していただけるので、その辺のことはお任せください。掃除・洗濯もやりますよ」
「まあ、俺はほとんど異世界に行ったきりだから、この家は自由に使ってくれ。異世界にメイドもいるから、俺の身の回りの世話はほとんど要らないからさ。だから、クロエは事務仕事に専念してよ」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
そう返答しながら、クロエは深くお辞儀をした。偽フランス人だが、日本のマナーは熟知している様子だった。
家賃は無料。光熱費は俺が払うことになっている。クロエは一銭も払わないことになった。その代わりに、掃除洗濯などや実家の管理を彼女に任せることになった。俺的には居候が一人増えるだけなので問題ない。
異世界に戻れば、家にはもっと多くの居候がいるので、一人増えたぐらいならば問題なかろう。
「それと、仕事の話なんだが……」
「はい」
「本当に雑用とかも頼んでいいのか?」
「構いません。あちらの世界で販売する品物を買い揃えておくのも私の業務ですから」
「それじゃあ、毎月これを買い揃えておいてくれないか。品物は離れの道場を倉庫代わりに使って構わないから」
そう言いながら、俺はクロエにメモ用紙を手渡した。メモ用紙には、俺が異世界で販売している商品の一覧が載っている。これからは買い出しの仕事はクロエがやってくれるらしい。ありがたい手伝いである。
「それにしても、お前の荷物はそれだけか?」
俺はクロエが持ち込んだキャリーバッグを指差した。玄関先には一つだけ旅行鞄が置かれている。これが彼女のすべての荷物らしい。女性の荷物にしては少なすぎるだろう。
「はい、私はあまり私物に執着しないタイプのエルフなので、普段から荷物は少ないのですよ。着替えが数日分あれば生活できます。それに、しばらくはここで暮らすのです。足りない物は勝手に買い揃えますから、心配しないでください」
「わかったよ」
「ですので、仕事の際にはスーツ姿などを強制しないでください。私はラフな服しか持ってませんから」
「なるほどね、お堅い身なりは不得意と」
「はい」
たぶん今着ているパーカー姿が一番楽なのだろう。身なりを気にしない娘なんだなと思った。それでも、お洒落には気を使っているのが分かる服装だった。クールよりも可愛いが好きなのだろう。
「まあ、俺は構わんよ。気軽な服装でいるのが一番だからね」
すると、おもむろにクロエが冷蔵庫の扉を開けた。中を覗き込む。
「それでは、そろそろ昼食ですから、何かご飯でも作りましょうか」
「そんなことまでしてくれるのか?」
「あら、冷蔵庫に何も入っていない……」
「ああ、俺は権利者になって以来、ご飯を食べなくても良い体になったんだ。だから自分が食べる分の食べ物は買っていない」
ここ一ヶ月は、チルチルたちや暁の冒険団に食わせる分の食材しか買い物をしていなかった。それもほとんどがコンビニ弁当やテイクアウトの食材ばかりである。だから冷蔵庫の中は空に等しい。
「そ、そうなんですか……」
冷蔵庫の扉を閉めたクロエは振り向くと、困った顔をしていた。眉の間に皺を寄せている。
「何か困ったことでもあったか?」
「四郎様のご飯を作るついでに、私の分も作って食費を浮かせようと考えていたのですが……」
「貧乏かよ……。セコいな」
「いや、節約家と言ってください」
もしかして、クロエってお金に細かいタイプなのかな。なんか面倒くさい性格なのかもしれない。
「まあ、俺の食事は要らないから、自分の食事は自分で用意してくれ」
「はい……」
クロエは俯いて、表情を曇らせていた。
「クロエもゴールド商会から給料って出ているんだろ?」
「はい、お給金はゴールド商会からもらっています……」
「ならば、自分の食費ぐらいは問題ないだろう?」
「それがですね……」
「どうした?」
「今月に入って、一度も勝ててなくて……」
「勝ててない? 何にさ?」
クロエは俺と目を合わせないように横を向きながら、小さく呟いた。
「パチンコに……」
「パチンコ?」
パチンコって、チンチンジャラジャラパフパフパフのパチンコだろう。
「パチンコにぜんぜん勝てなくて、貯金がピンチなのです」
「はあ……」
こいつ、もしかして……。
「パチンコにいくら負けたんだ?」
「ほとんど……」
「ほとんどって、いくらだよ?」
「今月の給料のほとんどです……」
「おい、今月って、始まったばかりだぞ……」
「あと、一万円も残ってません……」
「まだ、二十日以上は残っているのにか……?」
「はい……」
こいつ、パチンカスだ。駄目なタイプのギャンブラーだ。エルフなのにギャンブルに溺れるとは意外だった。
「まあ、あと二十日だ。頑張って一万円で過ごせ」
俺は厳しく突き放す。こういう輩は甘やかすと、どんどん深みにハマっていく。だから簡単に助けてはならないのだ。身を持って学ぶしかないだろう。
「嘘です……」
「うそ?」
「本当は、残り二千円しか残ってません……」
「あ〜、駄目だった、こいつ……」
もしかして、これは、とんだ厄介者を押し付けられたのかもしれないぞ……。
エルフなのにパチンカス……。いや、エルフとかは関係無い。マジで、ダメ人間だ。
「まあ、自業自得だ。一日百円で頑張るんだな……」
「はい……」
クロエはしょぼくれて頭を上げなかった。俯いたまま沈み込んでいた。




