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108【クロエ・エルフィーユ】

 エルフとは、ゲルマン神話に起源を持つ北欧神話やヨーロッパの民間伝承に登場する、人型で長い耳を持つ妖精のような存在のことである。彼らは長寿で、美しい容姿と魔法の力を持つとされ、人間とは異なる独自の文化や社会を持っている。時には森の妖精と呼ばれる種族でもある。


 性格は穏やかで知的な者が多く、中にはエルフの矜持を重んじ、人間と距離を置く者も少なくない。魔法や弓矢の扱いに長けており、主に森や山など自然豊かな場所に住むことが多いとのこと。今で言うところのヴィーガンが多いらしい。


 今、スマホでググったら、ネットにはそのように記載されていた。


 そのエルフが、俺の目の前にいる。――こたつに入って、ほうじ茶を啜りながらのどかに座っている。


 名前はクロエ・エルフィーユ。自称フランス人とのことだが、本当は異世界から来た別次元の存在らしい。本物のエルフ族とのこと。


 彼女はフランス人を名乗っているが、フランスには旅行すら行ったことがないらしい。異世界から日本にやって来て以来、日本育ちで海外に出たことがないのだ。つまり、偽フランス人というわけである。


 そもそも、なぜフランス人を名乗るかと言えば、そのエルフな外見が理由らしい。


 多くの日本人が「自分はフランス人です」と言うと疑わずに信じてくれるらしいのだ。日本人はチョロいと述べていた。


 こうして異世界から来たエルフでありながらも、彼女は日本にフランス人として溶け込んでいるのだ。そのため、耳さえ幻術で隠していれば疑われないらしい。


 しかし、大きな疑問が残る。それは、彼女がどうやって異世界から現実世界にやって来たかだ。


 そもそもゲートマジックは、本の権利者しか通過できないはずだ。妖精とはいえ、生きているものが通過できないのが原理。本来ならば権利者以外は、生きていない物や道具しか通過できないのだ。なので、クロエがゲートマジックを使ってこちら側の世界に来られるはずがない。


 その疑問について俺がクロエに訊いてみると、彼女はすんなりと答えてくれた。


「それは、簡単ですよ」


「簡単……?」


「私は一度、向こうの世界で死んだのです」


「一度死んだ……」


「はい、死にました。そして、死体をこちらの世界にゲートマジックを使って持ち込んだのです」


「いや、でも、死んでるんでしょう……」


「そして、こちらの世界で蘇生して生き返ったんです」


「蘇生して、生き返った……?」


「蘇生魔法です。復活の魔法と呼んだほうが分かりやすいでしょうか」


「異世界で殺してから、こちらの世界で復活させたのか……」


「三百年前の話ですよ。当時の権利者の一人が、実験として試してみたのです」


「それで、成功したと……?」


「そもそも死体を別次元に移動して復活させた際に、魂の移動まで叶うのかって実験だったらしいです。もしかしたら、魂は異次元を跨いで移動できないかもしれませんでしたからね」


「お前、そんな実験に使われて、悔しくないのか?」


「悔しいも悔しくないも、私の死は、そもそもが事故でしたから。実験のために殺されたわけではありません」


「なるほど……」


「それに、私は感謝しています」


「復活してもらえたことにか?」


「違います。この異世界に連れてきてもらえたことにですよ」


「はあ?」


「だって、考えてみてくださいよ。夜でも明るい。火はワンタッチで点く。綺麗な水がいくらでもある。娯楽にあふれている。移動は車で速い。寝ていても安全。空だって飛行機で飛べる。そんな便利な世界で暮らせるんですよ。こんなにありがたい話はありませんよ」


「た〜し〜か〜に〜」


 俺は、この一ヶ月間を思い出していた。


 チルチルは火を起こすだけで火口箱を使ってカチカチやっていた。水だって川から汲んできた生水だった。沸騰させてからでないと飲める代物ではない。ご飯なんてカチカチの黒パンをかじっていた。動物だって、捕まえてきた物をその場で捌いていた。まるで、原始人のような暮らしである。


 俺は食事も水も要らないから気にしていなかったが、いろいろと不便だったと思う。


 俺は暗視能力のおかげで光が要らなかったが、夜は月明かりだけの真っ暗だったはずだ。


 現代社会の町中では、どんな道でも街灯が設置されていて明るい。女性が一人で夜道を歩いても問題がないくらい安全だ。


 異世界と現実世界の差は大きい。現実世界の日本が、便利で安全過ぎるのだ。


「だから私は、もう異世界に帰りたくはありません。同族はいませんが、この世界で生きていくと決めたのです。それに、身の安全はゴールド商会が保証してくれていますからね。長生きな分の戸籍偽造も、権利者の方々同様にやってくれますから」


「なるほどね〜。そりゃ〜そ〜か〜。異世界に帰りたくなくなってもおかしくないよね〜」


 話が一段落着くと、俺たちは銅製の湯呑みでほうじ茶を啜った。ズズズ〜っと二人で音を立てながらお茶を啜る。


「ところでクロエちゃんは、事務職員なんだよね」


「いきなり“ちゃん”呼びですか……。私、二千歳ですよ」


「駄目だったかな……」


「構いません。それだけ私が可愛いってことなので、許します」


「そ、そうか〜……」


 エルフだと言うので、もっと硬い性格かと思ったが、思ったよりも緩い性格らしい。少し安堵する。


「ところで、事務職員って何するの?」


「四郎様のお仕事の手伝いです。何か仕入れたいものや物品の発注・取り寄せなどを私が管理します」


「え、手伝ってくれるってこと? それは有り難い!」


「それと同時に、四郎様の警護と監視も言いつけられています」


「警護と監視だって?」


「四郎様の正体が一般人にバレないように気を配るのが仕事です」


「な、なるほどね。でも、監視ってさ、もしも俺がヘマしたら、本社に報告するってことだよね」


「はい、チクリます」


「完全に監視人じゃあねえか」


「その通りなので、反論はしません」


「なんか、ドキドキしちゃうな……」


「ところで四郎様――」


「なんだい?」


「この家に、空き部屋はございませんか?」


「空き部屋?」


「私、まだこの街で住む場所が決まっていないのですよ。ですので、この家に住めたら家賃が浮くかなって思って……」


「なんか、ちゃっかりしているな。まあ、使ってない部屋が二階に一部屋空いているから使ってもいいぞ」


「ありがとうございます!」


 こうして、現実世界では、俺とクロエの二人暮らしが始まったのだ。


 まあ、現実世界のことは、異世界に居るチルチルにはバレないことだから問題はないだろう。


……っと、思っていた俺が甘かった。



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知らない女の匂いがする……エルフ臭え!
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