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105【純白の高級品】

 夕暮れに来店してきたヴァンピール男爵とメイド長のシアンは、興味深そうに店内の商品を見て回っていた。知らない商品を手に取るたびに、説明を求めてくる。


「シロー殿、これはなんなのだ?」


『それは、ピロピロ笛ですな。チルチル、ちょっと吹いて見せてやりなさい』


 息が吐けず笛が吹けない俺は、チルチルにピロピロ笛を手渡した。彼女は「はい」と応えると、ピロピロ笛を吹いて見せる。そして、ピーピー鳴りながら伸び縮みするピロピロ笛を見て、二人の客人は驚いていた。


「お、面白い笛ですな……」


『子供用の玩具なのですが、売れるかどうかは分かりません。でも、せっかく仕入れたので陳列だけはしています』


「なるほど……」


 続いてシアンがお玉を手に取ると、使い方を訊いてきた。


「シロー様、この銀の大きなスプーンはなんですか?」


『お玉ですな。大きな鍋などの底まですくえるような形状になっております。それに、材質は銀ではありません。ステンレスです』


「ステンレス?」


『ステンレスとは、我が太陽の国で採掘できる金属に似た、弾力性の高い鉱物なのですが、何よりの特徴は水に錆びないという点です』


 シアンはお玉を振りながら言う。


「これは、水に錆びないのですか?」


『はい。ですので、何年も水に沈めておいても錆びません。だから食品を作る際の道具に使われます。皿などに使う地方もあるぐらいですからね』


「それは、便利な鉱物ですな」


 続いてヴァンピール男爵が訊いてきた。


「シロー殿、このトゲトゲの板はなんですか?」


『それは大根おろしですね』


「大根おろし?」


 俺はチルチルに訊いてみた。


『なあ、チルチル。フランスル王国には、野菜の大根はあるか?』


「そのような野菜はございません」


『じゃあ、ジャガイモでもいいか』


 そう述べた俺は台所からジャガイモを一つ持ってくると、大根おろしで擦って見せた。


 ゴリゴリゴリ――。


 四人が見守る中で俺がジャガイモをおろすと、粉々になったジャガイモのすり身を見せてやる。


『こうやって、細かくすりおろすための道具だよ』


 ヴァンピール男爵が、真顔で言った。


「なあ、シロー殿。すりおろして、どうするんだ?」


『食べるに決まってるだろ』


「このグチャグチャのジャガイモを食べるのか?」


『うん……』


 四人がなんだか嫌な顔をする。どうやら大根おろしの機能性は、異世界人には理解できない様子だった。これもすべて文化の差だろう。


「シロー殿、これは……」 


 俺が大根おろしを使っていた横で、ブランの前に置かれていた鉛筆やコピー紙を見つけたヴァンピール男爵が、目を剥いて驚いていた。どうやら、純白の紙に驚いている様子だった。


『これは、我が太陽の国で使われている“コピー紙”と呼ばれる紙です』


「こぴいし……。何故にこれ程に白いのですか!?」


『それは、そのように作っているからですよ』


「どうやって、作っているのですか!?」


 ヴァンピール男爵は目を剥いて訊いてくる。その様子は製法を知りたくって仕方ないと言った感じだった。


『私は職人ではないので、製造方法は知りません……』


「では、この“こぴいし”を売ってもらえませぬか!」


『それは構いませんが』


「お幾らです!?」


 A5サイズ五百枚で、確か七百円しないぐらいだったと思うから、最低でも7000ゼニルかな。それだと、一枚あたり14ゼニルだな。まあ、妥当な価格か。


『五百枚セットで7000ゼニルだ。一枚あたり14ゼニルだが、どうだろう?』


「安い!」


 歓喜したヴァンピール男爵は、コピー紙を掴むと、高々と持ち上げながら興奮気味に言った。


「これで、魔導書を作ったら、さぞかし気品にあふれた書物が完成するぞ!」


 すると、シアンがヴァンピール男爵にこっそりと助言した。


「男爵様、この紙で本国に報告書を送れば、男爵様の名声が上がるのではないでしょうか……」


「シアン、貴様、頭が良いな。よい案だ。ナイスアイデアだ!」


 なんだか知らんが、二人で盛り上がってやがる。どうやらコピー紙とは、人の感情を沸かせる効果があるらしい。


 歓喜で盛り上がるヴァンピール男爵に、俺は売れ線の商品を取り出して見せてやる。それは、塩、砂糖、胡椒の小瓶のセットだった。


『こんな物もあるんだが、いかがかな?』


「これは……」


 出された商品に食いついたのは、メイドのシアンだった。純白な塩や砂糖を見て驚いている。


 以前チルチルに聞いたのだが、この異世界の砂糖はキラービーの蜂蜜から採取されるものが多いらしく、茶色く変色しているのが普通らしい。塩と同じく、純白はありえないとのこと。たぶん、氷砂糖のような茶色い固形物なのだろう。


 だからシアンは、純白の調味料を見て驚いているのだ。この異世界では、どのような物でも、純白=高級品らしい。


「こ、これは、おいくらですか!?」


『塩が500グラムで3700ゼニル。砂糖が1キロで3500ゼニル。胡椒は小瓶一つで1500ゼニルです』


「買います。てか、そんなに砂糖が安いのですか!?」


『太陽の国は、砂糖も塩もよく取れますから』


 シアンは無垢な少女のように跳ねながら男爵に言った。


「男爵様、これで甘いクッキーがたくさん焼けますよ!」


「それは、良かったな……。それで、金は私が支払うんだな……」


「当然です!」


「と、当然ですか……」


 なんだかヴァンピール男爵はしょぼくれている。


 俺はヴァンピール男爵に耳打ちで訊いてみた。


『男爵様、どうかしたのですか?』


「私はね、生き血しか啜らないバンパイアだよ。甘いクッキーとかって、本来は食べないのよね……」


『なるほど。無理やり食べさせられているのですね』


「うん……」


 なんだかヴァンピール男爵が可哀想に見えてきた。たぶん、シアンの尻に敷かれているのかもしれない。



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