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104【コピー紙】

 時間帯は夕暮れ。窓の外を見てみれば日が沈み、暗くなり始めていた。


『ちょっと倉庫に行ってくる』


「「はい」」


 俺は台所の下にある倉庫に向かった。そして、段ボールの中からA5サイズのコピー紙を取り出した。


 包装紙に包まれたコピー紙は、五百枚ほど入っている。その包が五つほど段ボールには入っていた。何かメモやらで必要な時に使えるだろうと買ってきて置いたコピー紙である。A5サイズのコピー紙ならば、いろいろと使えて便利だろう。


『これを、ブランの書き取り用の練習に使おうか』


 そう独り言を呟いた俺はコピー紙を持って上の階に戻る。すると、チルチルとブランの二人が、カウンターレジの横で鉛筆をナイフで削って準備をしていた。


『二人とも、この紙を使って書き取り練習をしなさい』


 そう言って俺は包装紙を破いて中から白紙を一枚取り出すとブランに渡した。ブランは、その真っ白な紙を見て、目を丸くさせて驚いていた。


「うわぁ〜〜〜……。真っ白だべさぁ……」


『何を言っている、ブラン。紙が白いのは当たり前だろ?』


 するとチルチルも驚いた顔で反論してきた。


「何をおっしゃってるんですか、シロー様!」


『えぇ……』


「紙が白いなんて、有りえませんよ!」


『そ、そうなの……』


 そんな馬鹿な話は無いだろう。紙が白いのは当然の話だ。それでも俺はチルチルの気迫に押されてたじろいでしまう。


「もしも紙が白くったって、ここまで純白な紙が存在する訳がありませんよ!」


『でも、ここにあるだろ?』


「そうなのですが……」


 どうやらチルチルの話では、この異世界の紙といえば、くすんだ茶紙と羊皮紙程度が主流らしい。


 羊皮紙とは、動物などの革を伸ばして加工して筆写の材料にしたもの。それは、茶色く乾燥させた薄い皮でしかない。しかし、その保存性は高く、千年は保つ書物を作ることも可能らしいのだ。


 そして、この異世界には、植物を材料にした現代風の紙は、さらなる高価な品物だ。そもそも紙を作る技術が発達していないのだろう。


 だから、高価な紙ですら、手に持った感触は厚みを感じるし、白くもなく茶色いのが一般的だった。そのような茶紙ですら、羊皮紙と比べれば数倍の価格らしい。高価過ぎて茶紙で作られた書物は、さらなる高級品として扱われるのだ。


 なのに、今シローが持ち出したコピー紙は純白の白さを誇っているのだ。お嬢様育ちのチルチルですら、ここまで白い紙を見るのは初めてである。


「このような高価そうな白紙を、ブランの書き取り練習用に使ってよろしいのでしょうか……」


「んだんだ……」


 二人の体は少し震えていた。白紙にビビっている様子である。


『構わんよ。今持ってきただけで、五百枚は入っているからさ』


「五百枚も!!」


 チルチルはコピー紙の入った厚みのある包を眺めながら青ざめていた。羊皮紙ならば、五十枚分にも価しない厚みだからだろう。


『まあ、これは商売を始めるに当たっての投資みたいなものだ。ブランには、店番を頼みたい。店員が、読み書きや計算もできなければ話にならないだろう。ブランには、一人前の店員に育ってもらいたいのだよ。そのための投資だ。だから気にするな』


 すると、俺の話を聞いていたブランが瞳を潤ませた。泣きそうな眼差しで俺の顔を見上げる。


「スロー様は、こんなわたスに投資をしてくれるだべかっ!?」


『当たり前だろう。俺はブランに期待しているぞ』


 凛と表情を引き締めたブランは、鉛筆を握りしめながら瞳を燃やす。


「分かっただべさ。わたスはスロー様のご期待に応えるために、一生懸命頑張るだべさ。読み書きも計算も覚えて見せるだべさ。この店の立派な店員に育って見せるだべさ!」


『おう、頑張れよ、ブラン。俺の投資を無駄にするなよな』


「はいだべさ!」


『チルチルも、ブランの勉強を見てやってくれ。たのむぞ』


「畏まりました、シロー様」


 燃え上がるブランの横でチルチルが礼儀正しく頭を下げた。まあ、二人には頑張ってもらうしかない。でなければ、この雑貨屋も成り立たないだろう。すべては、二人に掛かっているのだ。


 だって俺は、客の相手なんてしたくない。そもそも店員なんて俺には無理だ。たぶんクレーマーっぽい客が来店したら、間違いなく殴り倒すだろう。だから、店員は俺には向いていない。


 そんな感じで俺たちが話していると、店の扉が開いて設置してあったベルが鳴る。扉の上にベルを取り付けてあり、扉が開くとベルが鳴るようになっていたのだ。良く喫茶店で見られる呼び鈴である。


 呼び鈴に反応したチルチルが「いらっしゃいませ〜」と明るく言った。扉のほうを見てみれば、漆黒のローブで全身を隠した人物と、その後ろにメイドが一人立っていた。メイドは犬娘のシアンである。


 ローブの人物は、漆黒の隙間から挨拶を返す。


「シロー殿、お店のオープン、おめでとう」


『ああ、ヴァンピール男爵ではありませんか。あれ、まだ昼間なのに外に出て大丈夫なのですか?』


「この漆黒のローブは、夕日程度ならば防げます。まあ、私ぐらいのベテランバンパイアになると、灰になったぐらいでは死にませんしね。最悪、二日か三日で復活できます」


『さすがは真祖のヴァンパイアですな。頼もしい。――ところで今日は何をお求めに?』


「開店祝い程度に品物を見に来たのだよ」


 そうヴァンピール男爵が述べると、後ろに控えていたシアンが紙袋をチルチルに手渡す。


「私が焼いたクッキーです。どうぞお茶と一緒にお食べください」


「これはこれは、ありがとうございます」


 二人のメイドが頭を下げ合う。その光景を微笑みながら、スケルトンとヴァンパイアが見守った。なんとも長閑な光景である。



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