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103【読み書き】

 結局ゴリーユは、カレーライスを食べた後に、鉛筆と消しゴムだけを買って帰っていった。計140ゼニルの儲けである。


 田舎暮らしのゴリーユにとって、140ゼニルの買い物すら高額な出費らしいのだったが、鉛筆と消しゴムの便利さには感動している様子だった。


 この異世界での筆記用具は、基本的に羽ペンと壺インクである。大工などが作業に使うのは、木炭をそのままチョークのように使う。


 だから、書いたものを消せるという発想がないらしい。ゆえに、鉛筆と消しゴムのコンビは画期的だったようだ。「これならば大工仕事にも使えるぞ!」と、ゴリーユは感銘を受けていた。


 さらに俺は、ゴリーユに鉛筆の素晴らしい使い方を伝授する。


 それは――耳に挟んで乗っける、だった。


 俺はゴリーユのゴリラ耳に鉛筆を乗せてやり、鏡でその様子を見せる。


『こうして、鉛筆を挟み置けば、両手がフリーになるだろう。作業の際にも邪魔にならない。なのにすぐに取れる。便利だろ〜』


「ウホウホ、これは携帯しやすいな、便利だ!」


 ゴリーユは鉛筆を耳に乗せながら感激していた。その姿は、競馬場でレースに燃えるおっちゃんたちのようである。


 角刈りに鉢巻、ゴリラ顔にマッチョなボディ。着ているのはタンクトップにニッカポッカ。そして、耳の上の鉛筆。それはパーフェクトな親父ファッションである。なんだか妙に似合っている。


 まあ、それでも、初めての売上なのでありがたかった。オープン前にもかかわらず、初のお客様である。


 そしてゴリーユは満足して帰っていった。遠ざかる荷馬車を、俺とチルチルで見送った。


『さて、開店準備の続きだ――』


「はい」


 俺たちが店内に戻ると、ブランが言ってきた。


「スロー様〜。陳列棚に並べる品物は、だいたい並べまスた」


『うむ。ならば、今度は値札を作ろう』


「「はい!」」


 台所に戻った俺たちは、テーブルの上に値札を作る道具を並べた。それは、俺が現実世界で買ってきた代物ばかりだった。


 カラフルな蛍光ペン。印刷されたギザギザの値札。それらは異世界にそぐわないものばかりだった。


「これは、なんだべさ……?」


『値札だ。その表面に商品名と値段を書いて、商品の前に並べる』


「それは分かるだべさ。わたスが聞いているのは、この派手な紙はいったいなんだべさ……?」


 ブランは黄色い紙でギザギザに形取られた値札を見て、不思議そうにしていた。現実世界では特売品に良く貼られている値札だが、異世界では見かけない珍しいものなのだろう。


 俺は、そのギザギザの値札に商品の名前と値段を書いていく。その作業を二人が覗き込んでいた。


『まあ、こんな感じかな』


 俺は完成した値札を二人に見せた。


「シロー様、案外に字が綺麗ですね!」


『案外なのか……』


「シロー様は乱暴者なので、もっと字も汚いと思っていました」


『最近のチルチルは、言葉が辛辣じゃないか……』


「そうですか?」


 まあ、遠慮がなくなってきたのも、俺たちの関係が親密になってきたということだろう。そう思えば良しである。


 なにせ俺とチルチルの関係は、主人とメイド――そして、主と使い魔だ。このぐらいの関係性は自然なのかもしれない。


「ところでスロー様、これはなんて書いてあるのだべさ?」


「『えっ……?」』


「んん〜?」


『もしかして、ブランは文字が読めないのか?』


「書けもスませんだ!」


 ブランは悪びれる様子もなく言った。それは、まるで当然のような言い方だった。しかも笑顔である。


「ついでに、わたスは計算もできないですだ!」


『マジかぁ……』


 元気の良いカミングアウトだった。それはシローにとって誤算である。シロー的には、チルチルとブランに代わりばんこで店番をしてもらう予定だったからだ。これでは予定が狂ってしまう。


『なあ、チルチル……』


「はい……」


『至急で、ブランに読み書きと計算方法を教えてやってくれないか……』


「かしこまりました、シロー様。早々に猛勉強に入ります……」


「よろしくお願いスますだ、チルチル先輩!」


 こうしてブランの猛勉強が始まった。最低限、一人で店番ができるほどにはなってもらわなければ困る。そうでなければ、ただの無駄飯食いだ。要らない娘になってしまう。


 っと、言うか――俺は忘れていたのだ。ブランが馬鹿な娘だと言う事を……。



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