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101【開店準備】

 俺がブラッドダスト城から帰ってくると、チルチルとブランの二人が調理場でカレーを作っていた。昼御飯の準備らしい。大鍋で具材を茹でているから、暁の面々の分も作っているのだろう。


 カレーの材料は、ジャガイモと人参、それに玉ねぎだ。今回は肉はない。どれも近所の人たちから引っ越し祝いにもらった野菜らしい。代わりに、俺たちは各家に胡椒の小瓶を一本ずつ配ったところ、大変喜ばれていた。Win-Winである。


 台所の窓から外を覗けば、暁の冒険団たちが騎獣で旅立つ準備に励んでいた。鞍や手綱のチェックを念入りにやっている。


 そんな中で、プレートルだけが食堂のテーブル席に腰掛け、チルチルたちの調理姿を後ろから眺めていた。テーブルに肘をつきながら、顎髭を撫でている。


 彼だけが留守番らしい。パーティーが二手に分かれて別々の町に旅立つため、プレートルは中間ポイントのピエドゥラ村に残ることになったのだ。


「おお、良い匂いぞな〜」


「プレートルさん、今日のお昼はカレーライスですよ」


 そう言いながら、チルチルが固形ルーを割って鍋の中に放り込む。固形ルーは俺が現実世界から持ってきたものだ。カレーのルーなら、どのような世界でも売れると見込んで仕入れてきた。新店舗の看板商品にするつもりである。


 チルチルがカレールーの破片を摘みながら言った。


「それにしても、ルーって凄いですよね。これを溶かすだけでカレースープが簡単にできてしまうなんて」


「んだんだ」


 俺はプレートルの隣に腰を下ろし、調理中の二人に問いかける。


『ところで二人とも、ご飯は炊けるようになったのか?』


 そうなのだ。カレーのルーは簡単に扱えるのだが、彼女たち異世界人にとっては、馴染みのない“ご飯“を炊くほうが難しいのである。


 初めてチルチルが飯盒を使って焚き火でご飯を炊いたときには、底のほうが焦げてしまい、とても食べられる状態ではなかった。


 俺も俺で、直火でご飯を炊いた経験がなかったため、あまり的確なアドバイスができなかったのだ。何せ現実世界では炊飯器があるから、直火で炊く機会なんて滅多にない。ご飯を竈門で炊くって案外と難しい。


「ご飯もそろそろ炊けるだべさ」


 そう言ってブランが炊き込み中の鍋蓋に手をかけた瞬間、チルチルが怒鳴った。ペシンッと手を叩く。


「ブランさん、開けちゃダメ!」


「ひぃっ!?」


「何べん言えば覚えるのですか。ご飯を炊いているときは、途中で蓋を開けちゃダメなんですよ。途中で開けると、ご飯の芯が残って硬くなるんです!」


「わ、分かっただ……」


「もう少しで炊けますからね。――では、炊ける前にカレースープの味見をしておきましょう」


 そう言ってニコリと微笑んだチルチルは小皿にカレーを少し注ぎ、ブランに差し出した。それを受け取ったブランが笑顔でカレーをひと口食べる。


「旨いべさ〜!!」


「お肉が入っていないからコクが若干足りませんが、野菜カレーの味は出ていると思います!」


「んだんだ。チルチル先輩のカレーは、天下一品だべさ!」


 二人は実の姉妹のように微笑み合っていた。


 俺は調理に励む二人の後ろ姿を眺めながら、思わず呟いた。


『チルチルのほうが年下なのに、お姉さんしてる〜』


「ちっちゃいお姉さんですな」


 こうして、俺たち八人は昼食にカレーライスを食べて盛り上がった。それからエペロングとティルールはパリオンへ旅立ち、マージとバンディはサン・モンの町へ向かった。


 昼ご飯のあと、俺たちは新店オープンの開店準備に取り掛かった。暇だと言って、プレートルも荷物運びを手伝ってくれている。


 まあ、居候なのだから、手伝うのは当然だろう。俺は、ただ飯を施してやるほどお人好しではない。


 そんなこんなで俺たち力持ちな二人で、地下倉庫から段ボールに詰まった商品を一階に運び込む。


 しばらく陳列作業に励んでいると、大工のムニュジエ・ゴリーユさんが、注文していたテーブルを運んできてくれた。それを男三人で荷馬車から降ろし、店内に運び込む。


「「『よいしょ、よいしょ、よいしょ――!」」』


 掛け声を合わせながら店内に運び込まれたテーブルは、店の中央に据えられた。ここに商品の一部を陳列するつもりだ。


『それにしても、立派なテーブルですな〜』


「そうだろ〜」


 厚い天板の縁には木彫りの装飾が施され、テーブルを支える四本の脚にもアンティーク風のデザインが見られる。ひと目で高級品とわかる、漆塗りのアンティークテーブルだった。


「どうだ、洒落てるだろ〜」


『なかなかの出来ですな』


「大将、腕が良いね〜」


「褒めるんでねえぜぇ〜。ウホウホ」


 ゴリラ顔の大工は、角刈りの頭を撫でながら照れていた。ウホウホ言っている。


 そして、アンティークテーブルを設置し終わると大工のゴリーユが訊いてきた。


「ところでシローさん、なんの店を開くんだい?」


「そう言えば、それがしも聞いていないぞな」


『まあ、雑貨屋かな。体よく言えば、なんでも屋だ。ミサイルからブラジャーまで、なんでも揃えるつもりだぜ。テヘペロ』


「ミサイル?」


「ブラジャー?」


「んん〜……」


 プレートルとゴリーユの二人が首をかしげ、頭にクエスチョンマークを浮かべている。どうやら異世界人には、特攻野郎ネタは通じないらしい。


 多分、現代でも若者には分からないかもしれない。これを理解できている人物は、そこそこの年配者だろう。分かった人は、自分の歳を自覚するように……。


 むむむむむ、寂しい……。




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