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99【尻キックの刑】

 フラン・モンターニュのピエドゥラ村。埃まみれの俺が家に帰ってきたころには、朝日が昇っていた。


 ゴブリンの水晶も破壊したから、しばらくは平和に暮らせるだろう。何せ、平和が一番である。でも、荒っぽい話が、たまには欲しいのが本音である。何事も、イベントは大切だろう。


『あ〜、楽しかった〜。久々にストレス解消になったぜ〜』


 俺はスキップしながら扉に歩み寄る。そして、扉のノブに手を伸ばそうとした刹那だった。扉が自動ドアのように開いた。その先には、怒った顔のチルチルが仁王立ちで待っていた。


 両腰に拳を当てたチルチルが俺の顔を睨みつけながら見上げると唸るように言った。


「シ〜ロ〜さ〜ま〜」


 ヤバい……。怒ってる……。なんか、怒っている……。


『あぁ……。チルチル……』


「もう夜明けです!」


『そうですね……』


「また、朝帰りですか!」


 それか!


 それが、アカンかったのか!


『いや、これは、そのね……』


「どこで遊んでいたのですか!」


『いや、遊んでいたわけじゃないよ。ゴブリン退治だよ……』


 本当である。しかし、チルチルは疑いの目で俺を見ていた。怖い……。


「それは、シアンさんに断られたはずですよ!」


 あ〜、昼間の話だと、そうなってたよね〜。


『それがね、ヴァンピール男爵の口添えで、話が変わってさ……。俺も参加していたんだよ』


「ええ〜、そうなんですか〜……」 


 ぜんぜん信じていない。完全に疑っている。


「それに、何ですか、その汚れた格好は!?」


『ちょっと洞窟の崩壊に巻き込まれかけて……』


 それも、本当である。


「言い訳はいいですから、服を脱いでください。洗濯しますから!」


『はい……』


 しょぼくれた俺は、玄関前でスポーツウェアの上着を脱いだ。


「ほらほら、早くズボンも脱いでください!」


『ええっ、ズボンもかい!?』


「当然です!」


 しょうがないので俺はチルチルの前でズボンも脱いだ。タンクトップとパンツだけになる。


 なんか、情けない。タンクトップとパンツだけのスケルトンなんて、締まりがないよ……。


「下着は汚れてませんね!?」


『はい……』


 するとチルチルがジィ〜〜っと俺のパンツを凝視してきた。まじまじと観察している。


『な、何かな〜……』


「パンツが少し汚れてますね。それも脱いでください!」


『えっ、そんな!』


「いいから早く!」


『は、はい……』


 しょうがないので俺はチルチルの前でパンツも脱いだ。下半身を晒す。剥き出しの骨盤が微風に吹かれて少し寒かった。


 どのぐらいぶりだろうか。女性の前でパンツを脱ぐなんて……。


 懐かしい〜。この恥ずかしさが懐かしい〜。


「ほら、パンツを渡してください!」


『はい、どうぞ……』


 俺は堂々と男らしく股間を晒す。幸い俺には何もついていない。なので、わいせつ物陳列罪にはならないだろう。


 しかし、唐突にチルチルがとんでもない言葉を呟いた。


「ちっさ……」


『ええ!!!!』


 見えてるの!?


 俺の何が見えているのか!?


 しかも、小さいのか!?


「こんなところに小さな穴が開いてますね。縫っときますね」


『な、なんだ……。パンツに穴が開いていたのか……』


 本気でビックリしたぞ。本当にチルチルに俺の股間が見えているのかと思ってしまった。


「それではシロー様。少し待っていてください。穴を塞いだ後に洗濯してきますから」


『は、はい……』


 そう述べると、チルチルは家の奥へと走って行った。


『んん〜ん。なんか涼しい……』


 そう呟いた瞬間だった。家の陰から視線を感じる。そちらを見てみれば、薄ら笑いを浮かべた暁の面々が覗いていた。壁の陰からトーテンポールのように頭を縦一列に並べながら五人が笑っていやがった。


「うわ〜、半裸のスケルトンじゃ〜」


「なんか、情けね〜な〜」


「どうしよう。ターンアンデッドでもしておこうか?」


「おいおい、プレートル。パンツも穿いてないスケルトンを苛めるなよ。そんなんだと成仏もできないぞ〜」


「うわ、ちっさ、だってさ〜」


 俺の被った恵比寿の能面に怒りの血管が浮き上がったような気がしてきた。それだけ俺の怒りメーターが瞬時に上昇したのだ。


『てめーら、ブッ殺すぞ!!』


「うわ〜、半裸スケルトンが怒った〜」


「みんな、逃げろ〜」


「「「うわぁ〜!」」」


 楽しそうに笑いながら逃げだす五人組。それは幼い子供のようだった。無邪気に駆けていく。


『待ちやがれ、クソ野郎どもが!!』


 俺は怒りのままに両腕を振り上げながら暁の冒険団を追いかけた。それは、五人全員を捕まえて、尻にローキックを叩き込むまで続いたのである。


 そして、しばらくして――。


『どうだ、糞餓鬼どもが!』


 地面に四つん這いでへたり込む五人が、赤く腫れ上がったお尻を天に向けながら泣いていた。


「お尻が痛〜〜い……」


「じ、痔になる……」


「し、尻が四つに割れてしまったぞ……」


『ざまあみろ。人のち◯こを嘲笑うからだ!』


「ごめんなのじゃ……」


 尻キックの刑が一段落した俺は、ゲートマジックで実家に帰ると、新しいパンツを穿いた。


 なんか、客観的に見ると、唐突に虚空から半裸の男性が現れて、丸出しのち◯こを隠すようにパンツを穿いているようで笑えてきた。


「いやいや、くだらんことを想像してないで、着替えのズボンはっと――」


 俺は箪笥の中から灰色のスポーツウェアを取り出すと着込んで異世界に戻る。すると、異世界の家の前でメイドが一人待っていた。青髪のメイドさんである。


『あんた、確か――』


 青髪のメイドは御辞儀の後に言う。


「シロー様、ヴァンピール男爵がお城でお待ちしております。ゴブリン討伐解決の話がしたいらしいので、冒険者の方々と一緒にお越しくださいとのことです」


『ああ、分かった』


 俺は庭先で倒れている暁の面々にも声をかける。


『おい、聞いたか。お前たちも呼ばれているから城に向かうぞ』


「「「「「はぁ〜〜〜い」」」」」


 こうして俺たちはヴァンピール男爵の城を目指す。チルチルたちは留守番である。洗濯などをして待っていてもらおう。



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