1【謎の小包】
俺の名前は鹿羽四郎。今年で四十歳を迎える独身のオッサンだ。
小学生時代の俺は、学校でいじめられていた。その頃の俺は体格も小さく、内気な性格だったからいじめやすかったのだと思う。
毎日のように殴られ、蹴飛ばされ、数々の暴力を振るわれていた。反抗もしなかった。そのせいで、いじめっ子たちはますます調子に乗ったのだろう。
だから俺は体を鍛え始めた。さらに近所の空手道場に通い、技と心も磨いた。
その成果が出て、一年もしないうちに俺は強くなっていた。だから反抗するようになった。
殴られたら殴り返したのだ。
それは、通っていた道場の師範からの教えである。
やがて、すぐに暴力的ないじめはなくなった。代わりに今度は無視が始まった。
学校の登校時も独り。クラスの教室でも独り。部活にも入ってみたが独りだった。当然ながら下校時も独りだった。誰も俺に話しかけて来ない。近寄っても来ない。空手道場の師範だけが話し相手だった。
中学に進学しても状況は変わらなかった。やはり俺は学校では独りだった。
それでも俺は挫けなかった。ただただ耐えた。
やがて高校生になる。そこでも状況は変わらなかった。誰も俺には寄り付かなかった。
一人で寂しかった俺は武道に励んだ。暇だったから体を毎日鍛えた。空手以外の格闘技も習った。それ以外に何もしていなかったと思う。ただただ毎日武道に励んだ。たまにゲームで気晴らしをしていたぐらいだ。
それでも俺が強くなればなるほどに人は離れていった。寄ってくるのは俺に挑んでくる荒くれ者たちばかり。そんな連中を日々返り討ちにしていた。
そして、高校を卒業する頃には地域で敵なしと言われるほどに強くなっていた。もう近隣の不良学生たちは目すら合わせてくれない。
身長は190センチに達し、体重も100キロを超えていた。心は寂しいままだったが、技と体は十分すぎるほどに育っていた。
高校卒業後、俺は東京に出て格闘技のプロ選手になった。勉強ができなかったし、やりたい仕事もなかったからちょうど良かったと思う。
そして、総合格闘技の世界で連戦連勝が続いた。やがて無敵のチャンピオンになる。お金も使えきれないほどに稼げた。
しかし、ついに敗北のときが巡ってきた。対戦相手にアキレス腱固めを決められギブアップした。
だが、レフリーが止めに入るよりも早く、俺のアキレス腱が断裂してしまった。
初めての大怪我だった。
怪我はすぐに治ったが、そのダメージに心のほうが折れてしまった。挫けたのだ。
その試合を最後に俺は格闘技の選手を引退した。それ以来リングに上がってはいない。
もともとすることがなくて始めたことだ。そんなに未練はなかった。それにお金も充分に稼げたと思う。
引退後は田舎に帰ってきて実家でだらだらと過ごした。それでも身体を鍛えることはやめなかった。染み付いた習慣みたいなものだった。勝手に体が動くのだ。
朝は早くからランニング。昼はみっちりと筋トレ。夜は近所の子供たちを集めて空手教室の真似事に取り組んでみた。
就職はしなかったので、ほとんどグータラなニートと変わらない生活だった。稼ぎも少ない。それでも貯金で食えていた。
そのような俺はいつの間にか四十歳になっていた。昔に比べて体力も落ちてきたし、体の無理もきかなくなってきた。それに格闘家時代に稼いだ貯金も底をつきかけていた。
少子化の最近では空手道場に子供を通わせる親御さんも少なくなり、道場の経営も傾いていた。そして、昨日、最後の門下生が辞めていった。だから今日で道場の看板を下げようと思う。
さらに両親も亡くし、嫁もいない俺は、再び一人になっていた。家に帰っても誰もいない。
「さて、どうするか……」
ジャージ姿の俺はこたつに入りながらお茶を啜り考え込む。そんな俺の前に、残高が空になりかけた銀行の通帳が投げられている。
もう貯金も少ない。今月には空になるだろう。来月からどうやって食べていけばいいか分からない。
そもそも俺は真面目に働いたことがないのだ。腕力だけで生きてきたツケが回ってきたのだろう。
しかしながら今更会社員として雇ってくれる勤め先があるのかも分からない。何より俺に会社員が務まるとは思えない。
「明日からどうすっかな……。山賊にでもなるか……」
冗談で言ってみたが、俺には犯罪者なんて無理だ。罪人に落ちる勇気すらない。悪いことをして生きていくぐらいなら、無実の罪で捕まって刑務所で暮らしたほうがマシである。
「腹が減ったな。たしか昨日買ったアンパンがあったはず……」
キンコーーーン。
俺が台所に向かっていると、唐突に玄関の呼び鈴が鳴る。
「はぁ〜い、どなたですか〜?」
俺はジャージ姿で玄関を目指した。どうやら郵便の配達員らしい。
「鹿羽さ〜ん、お届け物で〜す」
「はぁ〜い」
「こちらにサインを――」
「はいはい」
「それではありがとうございました」
「オッス、どうもです」
俺は受け取った小包を持って茶の間に戻る。そして、差出人を確認した。そこには意外な人物の名前が書かれていた。
差出人には二十年以上前に亡くなっている祖父の名前が書かれていたのだ。死んだはずの人から荷物が届いたことになる。
鹿羽一郎。 間違いない、俺の祖父の名前だ。
俺はこたつに入ると、小包を開けた。
「本?」
小包の中からは、一冊の古びた本が出てきた。少しカビ臭い。
それはハードカバーの古びた本で、表紙には髑髏のマークと、自分の尻尾を咥え込んだ魚の模様が描かれていた。本のタイトルは読めない。どこか異国の文字で書かれている。
しかし、俺が表紙を眺めていると、読めない文字が動き出し、日本語に変わった。
「今、文字が動いたぞ……」
信じがたい状況に驚き、目を手で擦る。でも、見間違いではないようだ。
変化した本のタイトルには、こう書かれていた。
【ウロボロス・髑髏の書】
「どうなってるんだ……」
不思議に思いながらも、本を開いてみた。しかし、ほとんどのページが白紙だった。
ただし、最初のページだけは、日本語で文章が書かれていた。
【不老不死と未知の異世界を望みたくば、髑髏の書を受け入れろ。今後はYESかNOかで選択しろ】
その文面の下には、【YES】【NO】と書かれている。
「これを押せってことか……?」
俺は何気なくYESを押してみた。すると、隣のページに文字が浮き上がる。
【貴方は髑髏の書の主と認められました。今後、固有異世界への通行が許されます。通行時にはゲートマジックをお使いください】
さらに、勝手にページがめくられる。次のページには、こう書かれていた。
【ゲートマジックLv1を修得。魔法名を唱えることで異空間ゲートを開通させ、現実世界と異世界を繋ぐことができる。ただし、ゲートを通行できるのは無生物と本の所有者だけである】
「意味がわからん……」
俺の思考がついていけていなかった。本の内容がさっぱり理解できない。こんなことなら、体ばかり鍛えていないで、もっと勉強をしておくべきだったと思う。
とりあえず、俺はゲートマジックなるものを唱えてみた。
「ゲートマジック……」
すると、こたつの前に扉が現れる。驚いた俺は跳ね上がり、こたつから飛び出した。
「な、なんじゃこりゃ……」
洋風の引き戸で、古びた木製の扉だった。どこにでもあるような安物っぽい感じだ。
「俺んちの茶の間に扉が……」
和室の真ん中に突如現れた洋風の扉は、違和感がバッチリだった。それでも、こたつから出た俺は、ドアノブにごつい手を伸ばす。
そして、ドアノブを捻り、扉を開いた。
すると、扉の向こうには薄暗い空間が広がっていた。それは夜の暗さ。さらに、冷たい空気が流れ込んでくる。
それでも、俺は闇の空間へ踏み込んだ。
『ここは……』
闇夜の空には、真ん丸い月が七つ輝いていた。その月々を飾るように、無数の星々が瞬いている。
『ここは、墓地か……』
俺が立っている場所は、夜間の墓地だった。周囲には洋風の墓標が並んでいる。それらは古びて荒れ果てており、おそらく長い間、誰もお参りに来ていないようだった。
後ろを振り向くと、背後には俺が通ってきた扉がまだ開いていた。その向こうには、俺んちの茶の間が見えている。そちら側から明るい昼間の光が差し込んできて、墓場を照らしていた。
墳墓の周りを見回すと、遠くの彼方に山々が見えた。ところどころに林もある。しかし、草原の方が多かった。どうやら俺の目は、夜なのに闇を見渡せるらしい。
そして、俺は自分の身体の異変に気づいた。体が異様に軽い。まるで全身の筋肉が削げ落ちたかのようだ。それに、声もおかしい。
『んん〜?』
身体の違和感に驚いた俺は、自分の両手を確認した。
『ええっ!?』
俺は自分の手の平を見て、さらに驚く。何故なら、俺の手の平は骨だけになっていたのだ。肉が完全になくなっていた。白い骨だけになっている。
『マジか……』
腕にも肉がない。筋肉もない。血管すら見えない。
腕だけではなかった。足にも肉がなかった。腹にも胸にも肉がなかった。内臓すらない。着ているジャージもブカブカになって、だらしがない。
頭を触ってみても、肉の感触がなかった。髪の毛も生えていない。耳もない。眼球すらない。
――俺は、骨だけになっていたのだ。
『これではスケルトンじゃあないか……』
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