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パンツと部活①


 次の日、学校に着くとすぐに達也はきららの元へ向かった。そして昨日の夜から絶対に忘れないという強い意志とともに鞄に入れた進路指導の紙を即座に渡した。


 きららはいつもクラスメイトに囲まれている。


 一人になるような上手いタイミングを見計らおうとも思ったが、なかなかそんな機会は都合よく訪れてくれず、一刻も早く自分に課せられた使命を果たしたいと考え、結果女子生徒たちの話を割って入る形になってしまった。少し奇異の目で見られてしまったが、なんにせよ、達也は教師からの任務を一日遅れではあるがコンプリートしたのだった。とても晴れやかな気持ちだ。


 昼休みに入り、母親の作ってくれたお弁当を食べ終わり、自分の席で日課の読書に耽っていると、突然光一に声をかけられた。


「おい、鈴木となんかあったのか?」


「うわ!」


 唐突に視界に入ってきた光一の顔面に驚き、後ろへバランスを崩してしまう。重力に逆らうことなくそのまま達也は教室の床へとダイブを決めた。


「おお……そんなに盛大に転げ落ちるとはな……やっぱりお前パフォーマーとして天下を取れる素質があるぜ。ほらこの手を取れ」


 達也は光一の手を取り、制服についたほこりをぱんぱんと払い、ゆっくりと立ち上がる。盛大に転げた割には全然痛みがないのは幸いだった。


「いらないよ、そんな素質」


 達也は再び椅子に座り直す。


「いや、何かにつけてオーバーなリアクションを取れるのはステージに立つ人間にとってはとても大事なことなんだぜ」


「別にわざとオーバーリアクションをとったわけじゃないよ」


「じゃぁ天性のものってことか。なおさらすごいじゃねぇか」


「いや、そういうことじゃなくてさ」


「だからさ! やっぱ一緒にバンドやろうぜ。お前の歌が必要なんだよ」


「それは何回も断っただろ? 僕には無理だって」


「だって勿体ないんだもんよ。お前歌めちゃくちゃ上手いのに! 夏休み前には文化祭だってある! 良いとこみせるチャンスだぜ。みんなお前に大注目だ。最高の夏休みになるぜ!」


 そういって光一は目の前でガッツポーズをとる。その勢いに達也は一瞬承諾してしまいそうになるが、すぐに正気に戻った。バンドマンよりも宗教の教祖にでもなればよいのにと達也は思う。


 達也と光一は同じ中学出身だ。


 中学一年と二年のときはクラスも違ったし、互いを認知すらしていなかった。中学三年生のときに初めて同じクラスになったが、サッカー部のエースと冴えない男子その一。交友関係もスクールカーストも全然違うため、同じクラスになったとはいえ、話す機会は特段増えなかった。


 そんな二人が仲良く、というより光一が一方的に達也に絡むようになったのは、合唱コンクールのときだ。


 達也たちの通っていた中学では毎年、クラス対抗の合唱コンクールが行われており、優勝すれば街のイベントなどに出演できる。それだけではあまり魅力を感じない生徒もいると思われるが、そのイベントでの出店の無料券などの特典もあり、お小遣いの少ない中学生たちにとっては互いのお財布事情をかけた真剣勝負の場となっていた。


 みんなで合唱している中、いきなり光一が「お前、歌うますぎだろ」と達也に声をかけた。達也は特段目立とうとしていたわけではないし、みんなの音程のサポートに回っていた。だからなぜそんなことを言われたのかは今でもわからない。しかし、光一はそれ以来、ことあるごとに達也に話しかけてくるようになった。


 そして高校生になり、「やっぱ時代はバンドだろ」と軽音楽部に入部した光一は、また同じクラスになった達也に対し、「これは運命だな」と言い放ち、自分のバンドのメンバーになれと熱心に声をかけてくるのであった。ちなみに光一の担当楽器はギターである。


「僕は絶対にやらないよ」


「ま、それは今後口説き落としていくとして……でよ、鈴木となんかあったのか」


 唐突にきららの名前を出され、動揺する。


「ナ……ナンニモナイヨ」


 返す言葉が片言になってしまった。その反応に光一が驚いた様子で言葉を続けた。


「え、まじでなんかあったの? なんか今朝、お前が鈴木に話しかけてたってもっぱらの噂だぜ」


「話しかけるぐらいいいだろ。クラスメイトだもの」


「でも、女の子が苦手なお前が、あの鈴木だぜ。少しは注目されるってもんだろ」


 達也が女子が苦手なことはクラス内では有名な話だった。女の子に話しかけられて緊張でうまく返せないところを、光一にフォローしてもらうことも多々あった。そもそも光一と一緒にいると女子に話しかけられる率も上がるのだが。


 そんな達也が自分から女子に話しかけにいった。ましてや相手はクラスのアイドル的存在の鈴木きららだ。退屈を嫌い、刺激を求める高校生にとって、クラスメイトの浮いた話はそんな日常を吹き飛ばす最高のスパイスだった。


「別にいいだろ。ちょっと用事があっただけだよ」


「そうなのか。なんか真由がちょっといい感じの空気だったって言ってたぞ」


「そんなことないよ。進路希望の紙を渡しただけだし」


「何々、何の話?」


 噂をすれば影といったところで、天真爛漫な明るい声の女子生徒が話に入ってきた。


 中原真由。背が低く、とても愛嬌があり、一部の生徒に抜群に人気がある女生徒だ。さらりと肩で切りそろえた前髪をファサと揺らしながら、達也の机に手をついた。光一と同じ軽音楽部でベースを担当している。その小柄さからは想像もできない程、派手な演奏をするらしい。光一の幼馴染で二人は小学校からの腐れ縁だ。


「いや、達也と鈴木がなんかいい感じだったって」


「うん、いい感じだったよ。なんか、秘密を共有している間柄みたいな空気流れてた」


「ちょっと中原さん」


 鋭すぎるだろうと達也は心の中でつぶやく。


「まぁでも、きららはライバル多いからね……」


「そうだな。鈴木を狙ってるやつは多いだろうな」


「だからそういうのじゃないって」


 まぁでも、モテるだろうなと達也は思った。


 きららは可憐な見た目をしているし、性格もいい。そしてよく笑う。端から見ていたときにも思っていたけれど、昨日実際に話をしてみて実感した。彼女と話していると不思議と気分が明るくなるのだ。そんな雰囲気がある。そんな彼女に人気がないわけがない。


 実際、サッカー部の先輩が告白したとか今日は誰に呼びだされたとか、そんな話が何回か達也の耳にまで飛び込んできたこともある。正直、そんなに興味をもっていなかったし、別の世界の人間の話だと思って聞いていたが、今は納得できる。彼女はモテるのだ。


「でも田中君あきらめちゃダメだよ! ファイト! 中原真由は田中達也を応援しています」


 そういって真由が胸を張る。背丈に似つかわしくないぐらい成長した身体の一部分が強調され、達也は咄嗟に目を逸らしてしまう。


 そして一度あることは二度あった。噂をした影は再び達也の元へやってきた。


「田中君、今日放課後時間ある?」


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