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田中達也と鈴木きらら⑤


 人込みをかき分けながら、昼間来た道を逆にたどり、二人は駅へと向かった。


(一体なんでこんなことに……)


 達也は借りてきた猫のようにきららの横を歩いている。


 まず何から話せばいいのだろうか考えを巡らす。


 さっきの大会のことは聞いてもいいものなのか迷った。

 きららがラップをしていることを誰かに言っていたなら、間接的に達也の耳にも入ってくるだろう。それぐらい学年内でのきららの注目度はすごい。そうなっていないということは、きっとこれは誰にも言っていないことなのだろう。つまり、もしかしたらきららにとっては知られたくないことかもしれないという可能性がある。


 しかし決して恥ずかしがることではないとも思う。ステージ上のきららは堂々として、むしろ誇るべき格好の良さだったが、同じクラスの人間に見られるというのは話が別かもしれない。そういった価値観は人によるかもしれない。


 色んな事に気を回しつつ、結局口を開くことができないまま、達也はきららに歩幅を合わせ、横を歩き続けた。


 ふと、傍から見ればカップルに見えるかもしれないと感じてしまった。それがまた達也の緊張を誘い、口数の少なさを加速させていく。


 そんな達也を意に介さないといった様子できららはあっけらかんに口を開いた。


「田中くんはどうしてこんなところにいたの?」


「え⁉」


 予想はしていたが、ふいの質問に大きな声を出してしまう。


「あ、いや、田中くんって真面目な感じだし、ここらへんに用事とかなさそうっていうか」


「あ、え、えっと……」


 正直に進路指導の紙を書いてもらうために追ってきたと言うか迷った。実際、今書いてもらったところで、今から学校に戻ってそれを教師に渡すかと言われたら普通はやらないだろう。だから目の前のきららが素直に信じてくれるかどうかわからない


「おいしそうな匂いにつられて……」


 自分でも何を言ってるのかわからなかった。ふいに鼻に飛び込んできた匂いに思考を持っていかれ、つい突拍子もない回答をしてしまった。もし信じてもらえたとしても、明日から食いしん坊キャラで通さないといけなくなるが、それは甘んじて受け入れよう。


 そんなことを達也が考えていると、きららは一瞬目を丸くしたあと、プッと噴き出した。


「ぷっ! あはは! 絶対嘘じゃん。あはは」


 大きな声できららが笑う。苦し紛れにでた発言だったが、どうやら冗談を言ったと思ってくれたようだった。


「なんか、田中くん、学校とキャラ違うね。冗談とか言わないと思ってた」


 ふと笑いながらきららが言う。その横顔はとてもかわいらしい。


「そうかな。変かな?」


「ううん。全然! そういうことじゃなくて、真面目だし、学級委員だし、偏見かもだけど。学校だとカチッとしてる。いや全然いいことなんだけどね!」


「何それ? そんな普段堅い感じするかな」


「うーん、どうだろう。普段が堅いっていうより、今がふわっとしてる? あはは」


 自覚はないし、今も緊張はしているが、もしそうだとしたらそれはきららの影響だろう。


 達也は女性と接するのが苦手だ。教室で同級生の女子に用もなく話しかけられたら緊張でうまく話せないこともしばしばある。しかしそんな達也でも目の前の彼女の笑顔を見るとなんだか自然と会話が繋がっていく気がした。


 きららが人気な理由が分かった気がする。彼女はとても話しやすいし、笑顔がとても愛くるしい。感情を表情いっぱいで表現するし、見ていて飽きない。まだきららのことを全然知らない達也でもそう思うのだから。長く接している人ならなおさらだろう。彼女は周囲の人間を幸せな気持ちにさせる才能があるんだろうなと思った。 


「普段と違う田中くんが見れたね。新鮮だ」


「それを言うなら鈴木さんだってあんな堂々と……」


 そこまで言って達也は「しまった」と思った。

 普段の達也なら絶対に口を滑らさなかっただろう。しかし、今は彼女の話しやすい雰囲気にのまれていた。後悔しても後の祭りだ。彼女の声のボリュームが一段と上がる。


「やっぱ嘘じゃん!! 見てたんじゃん!!」


「あ、え、あ、ごめん!」


 嘘をついたからなのか、それとも彼女のステージ上の姿をみてしまったからなのか。自分でも理由はわからないが、勢いにのまれ、とりあえず謝ってしまう。


「うわー……あー……」


 きららが右手を自分の顔に添える。そして大きく上を向き、あぁ……と声を漏らした。どうやら怒っているわけではないようだ。


「恥ずかし……知ってる人に見られるのってこんなに恥ずかしいんだね」


 怒られると思っていた達也にとっては、意外な発言だったため、咄嗟に疑問の言葉が漏れた。


「え、なんで?」


 先ほどのステージ上のきららはとても格好良かった。自分の言葉を巧みに操り、相手の言葉に抗い、反

発し、そして打ちのめす。その自己主張の強さに達也は一種の憧れを覚える程だった。結果は残念だったが、それも達也にはわからないレベルの差だ。なんなら達也はきららに票をいれた。誇りこそすれ、恥ずかしがることなど何もない。


「すごく格好良かったよ」


 達也は顔を覆い隠すきららに向かって言う。素直な気持ちだ。


「ありがと……あぁ。でも恥ずかしいものは恥ずかしいんだよぅ……」


 飲み屋街を抜け、線路沿いを二人で並んで歩く。


 こういうときに女性を道路側に歩かせてはいけないと何かの本で読んだことがある。達也は立ち位置を変えるが、ぎこちない動きになってしまい、その姿を見たきららがまたころころと笑った。


「ていうか……田中くん、もしかして好き?」


「え……?」


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