バンドと部活⑥
「それではいきます! ミュージックスタート!」
ビートが流れ出した。有名なヒップホップグループのインストゥルメンタルが、会場を包み込み、派手なシンセサイザーのリズムが心臓を震わせる。
きららは深く息を吸い込み、ビートに合わせて、思いの丈を吐き出し始めた。
先攻を選んだきららは、まず達也の優柔不断な面を鋭く責め立てた。本心ではない。達也の優柔不断さは優しさの裏返しであり、きららはその人を思いやる姿勢が大好きだった。しかし、ラップバトルにおいてはディスがルール。情けをかけることは、むしろ達也への侮辱になってしまう。彼を正面から全力で迎え撃つのが、本当の礼儀だ。
きららは更に、自己主張をせず、他人の影に隠れる達也の姿勢を指摘し、鋭い言葉で追い詰める。その言葉たちは、彼女の本心とは裏腹に、バトルだからこそ求められる冷徹な批判だ。
達也のターンが始まった。彼は冷静に息を整え、マイクを握り直すと、きららの攻撃に堂々と応戦してきた。
達也は、自分が自己主張をしないのは、周りの人間を引き立てるためだと主張した。その上で、きららが人の意見を聞かずに突っ走ることを逆にディスり返してくる。
(やるじゃん……田中くん!)
達也はきららの言葉を流用して、華麗に韻を踏んで返した。その巧みな言葉遣いに会場が湧きたつ。
そして再びきららのターンが訪れた。達也の華麗なアンサーに、敵ながらも心の奥底で嬉しさを感じてしまう。初めて橋の下でサイファーをしたときの達也は必死で、全然韻を踏めていなかった。この世界に引きずり込んだ身として、この成長は本当に感慨深い。
しかし勝負に情けは無用だ。一切手は抜かない。きららは達也の言葉を余裕で受け止め、まるで格の違いを見せつけるように、韻を踏みアンサーを返す。その様子にまた会場が湧きたつ。普段可憐なきららが、堂々とラップで戦う様は観客に大きなインパクトを与えていた。
(ごめんね、田中くん! 一切手は抜かないから……! 絶対勝つ!)
渾身のアンサーを返され、達也は一瞬動揺を見せる。その表情を見逃さず、きららは更にたたみかける。
達也も負けじと応戦してきた。もはやなりふりかまっていられない。どんな形であっても負けたくない。そういう気持ちが伝わってくる。
達也はリズム無視で、言葉をまくしたて出した。きららと同じようにやっていても勝てないと悟った達也は、自分の力不足をバトル中に認め、瞬時にスタイルを変えた。リズムに合わせて丁寧に韻を踏むのではなく、言葉の量で圧倒する方法に切り替えてきたのだ。きららの発言量を一とすれば、達也は今、リズムを無視して五倍の言葉をまくしたてている。そうして感情をぶつけるように言葉を重ねた結果、観客たちもその迫力に圧倒されていた。もう誰も、達也のことを地味な生徒だとは思っていないだろう。
きららの最終ターンになった。達也が繰り出したまくし立てるラップを、きららは鮮やかにやり返し、観客を一瞬で魅了した。
(君にできることはわたしにもできる!)
圧倒的な実力を見せつけることで観客を更に沸かせ、きららは達也にターンを返す。
(さぁ、どうする?)
きららは挑戦的な目で達也を見つめる。何をしてくるかわからない達也の挙動を、観客よりも誰よりも、きららが一番楽しみにしていた。
最終ターンが達也にわたる。緊張が走る中、達也はゆっくりとビートに乗り出す。これまでのディスから一転、きららへの感謝を込めた言葉を紡ぎ始めた。
(え⁉)
それは、この三週間できららがしてきた全てのことに対する感謝だった。強引に自分を連れ回したこと、ラップバトルに巻き込んだこと、サイファーに行ったこと、自分の悩みを聞いてくれたこと、そして、トラウマから解き放ってくれたこと。それらすべてを、丁寧に韻を踏みながら語っていく。
観客の中には微笑む者もいれば、驚きに目を見開く者もいた。それほど達也のラップは真剣で、心に響くものだった。
語る達也の顔はとてもよい笑顔だった。この瞬間を全力で楽しんでいることが伝わってくる。
そして最後に、達也はきららの方をしっかりと見据え、心からの感謝の言葉を改めて告げた。その姿は、きららが達也に貸したラップ番組の最後のバトルシーンのようだった。
「そこまで!!」
MCの声が響き渡り、バトルは終了した。
(あ……)
きららはその瞬間、達也の意図に気づいた。彼はただ勝利を狙っているだけではなかった。
達也は本気で勝ちに来ていた。全力でぶつかり合ったからこそ、きららにはそれが痛いほどわかる。しかし、それだけではなく、達也はこのバトルを「パフォーマンス」として成立させようとしていたのだ。
本来、このバトルの最終目的は、多くの生徒にフリースタイルラップの魅力を伝え、興味を持ってもらい、部員を獲得することだ。それは色々あった今でも変わらない。
しかし、達也とのバトルを意識するあまり、きららの中ではその目的への意識が薄れてしまっていた。
だが、達也は違った。彼は最後の最後までその目的を忘れず、自分ときららのバトルを通じて、観客にラップの多様性を見せ、生徒の興味を引くことを忘れていなかった。最後に感謝の言葉を述べたことで、それがはっきりと伝わった。
達也の戦い方は、ただ勝つためではなく、もっと大きな目的を見据えたものだった――それをきららは悟ったのだ。
きららの胸の中で悔しさがどんどん膨らんでいく。全てが達也の思惑通りに進んでいたことを、認めざるを得ない。これから観客投票が始まるのだが、その結果がどうであれ、きららは既に負けた気分になっていた。単純なラップの技術ならきららの勝ちだろう。しかしこれは、部員獲得のためのパフォーマンスだ。そういう意味では、達也は自分よりもはるかに高い次元でこのバトルを捉えていた。敗北感が心を埋め尽くしていく。
「それではこれより観客投票に移ります! まず先攻、鈴木きららの方がアツかったと思う方は拍手をお願いします!」
もはやきららにとって観客投票は意味がない。負けたと感じた瞬間に、すでにその結果は決まっている。横を見ると、達也がとても爽やかな笑顔をこちらに向けている。
「もぉぉぉぉぉぉ!」
きららの不満の声は、観客の拍手でかき消されていった。




