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バンドと友達④


「キーはそのままで大丈夫だよな。知ってるぞ、お前めちゃくちゃ声でるの」


 カラオケ大会の締めの挨拶が続く中、ステージ裏で準備をしながら、光一が達也に向かって声をかける。


「うん。大丈夫だよ」


「なんだよくそ。頼もしいな! もっとびびれよ! なんで俺より緊張してねぇんだよ!」


 自分より余裕そうな達也が癪に障るのか、光一はわざとらしく悪態をつく。


「ばだじも……」


「真由はしゃべんなって!」


 何か言いかけた真由を制止させ、光一は一人でギャーギャーと騒ぎ続ける。悪態を付きつつも、顔には笑みが浮かんでおり、こうしてステージに立てることが嬉しいのが伝わってくる。

そんな様子を見て、提案して良かったと達也は心の中で安堵した。


「田中くん、本当にありがとね」


 そう声をかけてきたのは、ドラム担当の木島勇作だった。普段、達也とはクラスが違うため、話すのはこれが初めてだ。


「いや、ごめんね。なんか急にお前誰だよって感じだと思うけど」


 達也がそう言うと、勇作はあははと笑う。笑われた理由がわからず、ぽかんとしている達也に、勇作が続けた。


「いや、田中くんのことは知ってるよ。光一がいつもボーカルに誘っては毎回断られるって嘆いてたからさ」


「おい、勇作! 余計なこと言うなよ!」


「いいじゃん。ほんとのことだし」


 正直、光一が自分を誘ってくれる理由は未だにわからない。でも、こうして本気で誘ってくれていたのだと、今になって実感する。


「諏訪原」


「……おお。なんだよ」


 恥ずかしそうに返事をする光一に、達也は覚悟を決めて言った。


「成功させような」


 少し偉そうに聞こえるかもしれないが、光一なら分かってくれるという確信があった。この言葉が、自分たちのステージを絶対に成功させるという意志の表れだということを。


 光一は一瞬ぽかんとした表情をした後、ニヤリと笑った。


「はっ! 上等だ! 行くぞ!」


 そして四人はステージに上がった。


 思っていたよりも高いステージからは、周囲が一望でき、観客一人一人の表情がよく見えた。まだ文化祭は始まったばかりだというのに、ステージ前は既に大勢の生徒で埋め尽くされ、隙間がないほどの賑わいを見せていた。カラオケ大会がそこまでの人気とは思えなかったが、ふと横を見ると、光一はすっかり緊張がほぐれた様子で、観客に手を振っている。それに対して、かなりの数の観客が手を振り返していた。どうやら、光一を目当てに集まった客が多いらしい。


(やっぱり諏訪原はすごいな)


 中学生の頃から光一は人気者だった。サッカー部のエースとして活躍し、教師からも一目置かれていたし、男女問わず友人が多かった高校に入ってもそのカリスマ性は衰えることなく、むしろ増しているように感じる。それにその人気に伴うだけの人格者だということも、話すようになってからわかった。そんな彼が自分を必要としてくれている。そう考えると、達也は少し誇らしく感じた。


 ベンベン、ギュインギュインと後ろでメンバーが楽器をチューニングしている中、達也は観客の中に、きららの姿を見つけた。


(鈴木さん……)


 きららは驚いた様子で、目を見開いていた。


 達也はこのステージに上がることを彼女に言っていない。そもそも直前に決まったことだったので、伝えるタイミングがなかったのだ。だからきららが、観客の中にいるかどうかはわからなかった。


 だけど達也はきららに見て欲しいと願っていた。


 ここに立てているのは、紛れもなくきららのおかげだから。


 イントロが始まった。激しいロック調の曲だ。先日、光一に聞かせてもらったとき、そのクオリティに

驚愕したことを思い出す。あのときはまさか、自分がステージで歌うとは夢にも思っていなかった。曲に合わせて、観客が自然と身体を揺らし始めている。この曲のキャッチ―なメロディがそうさせているのだ。光一の明るさや元気さがよく表れている曲だった。


 人前で歌うのは二年ぶりだ。だけど、もっと長い間、歌から離れていたような気がする。


 もうすぐ歌が始まる。横隔膜を下げる感覚を身体は忘れていない。達也はいつもより深く息を吸い込んだ。空気が肺を満たすのを感じる。


 小学生の頃の自分なら、この状況を楽しんだだろう。


 中学生の自分は怖気づいて、逃げ出しただろう。


 もし、彼女に出会っていなければ、このステージに立つことはなかっただろう。


(だけど今の僕は違う……ありがとう、諏訪原。君の歌を借りるよ)


 達也は息を一気に言葉へと変え、吐き出した。その声に観客が息を飲む。


 伸びやかで透明感のある、そして力強い達也の歌声が、瞬く間に周囲を包み込んでいった。


 観客のほとんどが達也の歌声に驚き、呆気に取られた。


「光一のバンドのボーカルには不釣り合いな地味な生徒」という印象は達也が声を放った瞬間、校舎の遥か上空へと飛び去った。彼の歌声は大勢の生徒たちの心に響き渡り、誰もが自然と耳を傾けてしまう。達也の声には、単純な技術や声量、音域を超えた魅力があった。


 それは、歌うことへの純粋な愛だ。歌が好きで好きでたまらなくて、歌えているだけで幸せという気持ちが見ている側に伝わり、自然と目が離せなくなってしまう。


 バンドの助っ人メンバーという立場に過ぎないはずだったが、今、この瞬間のステージの主役は誰が何と言おうと達也だった。


 一曲目が終わった。曲の演奏が消え、周囲が静寂に包まれる。


 しばらくすると、まばらに拍手が鳴り始めた。


 パチパチパチ。


 その音を聞いた人間も拍手を始める。


 パチパチパチ。


 音が波となって広がっていき、次第に大きな拍手の渦となって会場全体を包み込んでいく。


「うわ……」


 久しぶりに人前で歌った達也は、その楽しさに思わず息をついた。後ろを振り返ると、光一と目が合った。


「やっぱり、俺の目は正しかった……と言いたいとこだけどよ! 想像以上だよ、馬鹿!」


「なんだよ、それ」


 照れを隠すように達也は笑う。


「この拍手はほとんどお前に向けられたものだってことだよ」


「……そんなことないよ」


 達也は首を横に振った。確かに拍手は自分の歌に対してかもしれない。だけど、この光景は自分一人だけでは決して見れなかったものだということを達也は理解していた。もし、あの日きららのステージを見ていなかったら。ラップに誘われていなかったら。光一に声をかけられていなかったら。そして昨日、みんなが探してくれなかったら、このステージに立つことはできなかった。


 再び観客の中のきららに目をやると、大きな声でこちらに向かって叫んでいた。


「男前! カッコいいぞ!!」


 彼女は目を潤ませながら、笑っていた。



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