田中達也と鈴木きらら④
達也は会場の外できららの姿を探した。
きららの試合が終わった後、すぐに会場を出ることもできたが、会場の熱気とパフォーマンスの凄さに引き込まれ、結局最後まで見届けてしまった。
先程のきららとMC花梨の試合の後もバトルは続き、この地区の優勝者が決まった。
優勝したのは三十歳ぐらいのスーツにメガネの男性だった。
相手を蔑みつつ、それ以上に自分の普段の仕事での頑張りぶりなどをラップでアピールして、会場を沸かせていた。
対戦相手のMC花梨も一回戦できららと戦ったとき以上に巧みに言葉を返していたけど、スーツの男性の自己肯定力がそれを上回った形になった。相手が何を言ってきたとしても、自分はそのダメな部分もまとめて愛しているぜということのようだ。
あまりラップに触れたことのない達也ですら、その男性のラップを聞き、気持ちが昂るのを感じた。
そんな彼が優勝したため、誰も文句を言うことはなく、大会は円満に幕を閉じた。
きららの姿は一回戦が終わった後、ステージ上から舞台裏に降りて行くのを見たのが最後だ。もしかしたら客席側で残りの試合を見ているかもしれないと考え、対戦の合間合間に再び客席を練り歩き、姿を探したが、どこにも見当たらなかった。
外はすっかり日が落ちている。先ほどまで会場内の熱気に当てられていたため、気温はそれほど下がっていないのに、心なしか涼しく感じられた。
(もしかしてまだ中にいるのかな?)
全試合が終わるやいなや、早々に会場を出たため、もしかしたらまだ中にいるのかもしれないと思い、達也は少し離れたところにあった電信柱の影に隠れ、出口を観察した。別に隠れる必要もないが、学校から後をつけてきたことは事実であり、そのことへの後ろめたさがそうさせた。
周囲は昼間とは違い、居酒屋や建物に灯がつき、呼び込みの男性が会場からでてくる人に声をかけ、店へ連れて行こうとする声がそこら中から聞こえるなどして、賑わいを見せていた。
達也も一瞬、声を掛けられそうになったが、男性は学ラン姿を視認すると、スッと無表情になり、すぐに別の通行人に声をかけなおしていた。
(……まだかな……)
出口から出てくる人間の数がどんどん減っていくが、きららの姿はまだ見えない。もしかしたら見逃してしまったかもしれないと不安になってくる。
歩き疲れたからか、それとも会場の喧騒の中で誰かに踏まれたのか、右足の小指の付け根がじんわりと痛んだ。
出てくる人の数が更に少なくなってきた。ポケットからスマホを取り出し、時間を確認する。大会が終了してから三十分が経過しようとしている。
「あ……」
出口から最初に受付をしてくれた強面の男性がでてきた。首からスタッフと書かれた紙をぶら下げている。男性はキョロキョロと辺りを見渡し、そしてそのまま会場のドアを閉めた。もう会場内には誰もいないようだった。
「結局会えずか……」
ため息とともに肩を落とす。そして達也が手に持った進路指導の紙に目を落としたときだった。
「……田中くん?」
ふいに後ろから名前を呼ばれ、達也の心臓が跳ねる。勢いよく声の方を振り返ると、そこには既にセーラー服に着替えた、いつも教室でみるきららの姿があった。帽子もとっており、なびく髪はきらきらと周囲の光を反射している。やはり先程ステージ上で激しいラップバトルを繰り広げていたMCキキララから感じる印象と全然違う。
セーラー服のきららの姿はこの時間のこの場所にはとても似つかわしくないように思えた。それは学ラン姿の達也にも言えることだが。
咄嗟に声をかけられ、達也は一瞬、今自分の置かれている状況を見失ってしまう。
「どうしたの? 変なの」
そんな達也を見て、きららはころころと笑った。
「あ、あの、えっと」
シミュレーションはしていた。咄嗟にポケットにしまった進路指導の紙の感触を確かめる。しかしいざ言葉にしようとすると上手くできない。口の筋肉を動かすことを誰かに邪魔されているようだった。十五年間、達也に寄り添っていた唇は肝心なところでやる気を出してくれない。
きららの目がまっすぐに達也を見つめてくる。容姿端麗なクラスメイトに見つめられ、正常な高校生男子の反応よろしく、達也も例に漏れずドキドキしてしまった。
「そうだ! よかったら、一緒に帰らない?」
きららの提案に達也は首を縦に振った。