雨と河川敷⑤
そこには、全身ずぶ濡れのきららが立っていた。なぜ彼女がここにいるのかという疑問が浮かんだが、すぐに花梨が知らせたのだと悟った。
「なんではこっちのセリフだよ!」
きららは叫びながら、達也に向かってずんずんと歩み寄る。
肩で息をしており、ここまで走ってきたことが容易に想像できた。きららはその勢いのまま、達也のみぞおちに頭突きを食らわせた。
「うがっ!!」
達也は頭突きの衝撃に耐え、みぞおちに押し付けられたきららの頭を見下ろす。
きららの体は小刻みに震えていた。
「なんで話してくれないの!!」
きららが下を向いたまま、震えた声で叫んだ。これまで達也が聞いたことのないきららの声だった。
この三週間で、達也は様々なきららの表情を見てきた。GMBで見せた真剣な顔。仲間がいないと寂しそうに話していたときの顔。文化祭に一緒に出ると約束したときの嬉しそうな顔。初めてサイファーに挑戦したときの、興奮した表情。一緒に映画を見て涙を流したときの顔。達也の過去を聞いたときの悲しい顔。だが、今の彼女の表情は、そのどれとも違う。
「なんだよ! もっと頼れよぉ! わたしたちパートナーなんでしょがぁ……!」
きららは震える声で、胸の内に溜め込んでいた思いを吐き出すように叫んだ。
感情が高ぶっているためか、その口調もこれまでに聞いたことがないものだった。
「……そうだね。ごめん……」
「わたしは……何があっても田中くんの味方だから……パートナーなんだからぁぁ……」
達也の謝罪を聞いた瞬間、きららの涙が堰を切ったようにあふれ出す。それを見た真由と光一が、慌ててきららのもとへ駆け寄った。
「え、なんで?」
達也は光一と真由の存在に驚いた。
「なんでじゃねぇよ。達也―。女泣かしちゃダメだろ」
「えーん……真由ぅぅぅぅ!」
「よしよし。田中くんも反省してるみたいだし、今は許してあげようね」
泣きじゃくるきららを抱きしめながら、真由が優しくなだめる。きららよりも小柄な彼女だが、その包容力は母性に満ちていた。
「学校の友達?」
花梨が達也に問いかける。
「あ、そうです」
「どうも! 諏訪原光一っていいます! お前、鈴木とよろしくやっときながら、こんな美人なお姉さんとも仲良くなってたの?」
「あ、大丈夫。わたし年下興味ないから」
「え、意図せず俺まで振られちゃった……」
光一の軽口が、重苦しかった空気を少し和らげる。
達也はそんな光景を横目に見ながら、ようやく落ち着いてきたきららに改めて頭を下げた。
「ほんとにごめんね……」
「……えい……」
きららは達也の深々と下げた頭にそっと手を置き、左右に動かし始めた。
「よしよし……つらかったね……」
その言葉に、今度は達也の目が熱くなる。
自分が全て悪いと、ずっとそう思い込んできた。他人を傷つけ、不快にさせたから、その報いが自分に返ってきただけだと。因果応報、身から出た錆だと。そう考えることで自分を守ってしかし、きららの優しい言葉に、その防御壁はいとも簡単に取っ払われてしまった。
達也の目からは、堰を切ったように涙がぽろぽろと零れ落ちる。
「う……うう……」
泣きたかった。辛かった。そう自覚した瞬間、もう止まらなくなった。
二年間、堰き止めていたものが一気にこぼれ落ちていく。その間、きららは何も言わず、ただ静かに達也の頭を撫で続けてくれた。




