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雨と河川敷③


「ふぅん……中学のときのねぇ」


 きららは、昨日中学時代の知り合いに会ってから、達也の様子が少しおかしかったと簡単に状況を説明した。勿論、達也の悩みや過去の詳細などは伏せ、あくまで昨日の出来事だけを淡々と説明したが、光一は何かを悟ったように妙に納得した表情を浮かべた。


「どしたの?」


 そんな光一の様子に、真由が尋ねる。


「いや、多分合唱部のやつだなと思ってよ」


 そのとき、電車がホームに入ってきた。平日の帰宅時間にも関わらず、車内は予想外に空いていた。三人は横一列に並んで席に座った。


「真由も諏訪原くんも、田中くんと同じ中学なんだよね」


 きららが確認すると、真由がうなずき、光一が口を開いた。


「あぁ、あいつ、合唱部だったとき、本当に熱心に練習してたからさ」


「あれ、その時も面識あったんだ」


 真由が光一に尋ねる。


「いや、あいつは多分俺のこと知らなかったと思うよ」


 光一は少し昔を思い出すように話し始めた。


「中学の頃、雨の日とか学校内で筋トレさせられることも多くてさ。あ、鈴木は知らないかもだけど、俺、サッカー部だったんだよ」


「そうなんだ」


「光一、結構上手だったんだよ」


「そう、俺、上手だったの」


 そういって光一はわざとらしく胸を張った。


「学校内の筋トレって、めちゃくちゃ辛くてさ。正直、なんでこんなことしなくちゃいけないんだよとか思って、たまにさぼったりしてたんだよ。そのときさ、ぼーっと音楽室の方とか行くと、なんかめちゃくちゃ綺麗な歌声が聞こえてきたんだよ」


「へぇ……」


「どんな奴が歌ってんだろと思って、ちらっとのぞいたら、達也が歌っててさ。あれ、中学二年のときだったかな。そんときまで顔も知らなかったし、話したこともなかったんだけど、その瞬間の達也の熱心な顔、俺一生忘れない。それからもたまに音楽室で見かけてさ。あんだけ上手いのに、めちゃくちゃ真剣に練習しててさ。本当にすげぇなと思ったんだ。ハイトーンな声も、まるで平気な顔で出しててさ。多分体力作りもめちゃくちゃ真剣にやってるんだろうなって思って。そんな達也を見てさ、俺も頑張らなきゃなって思えたんだよ」


(変わってないんだな……)


 そのときの光景をきららが想像するのは容易かった。


 好きなものにひたむきに向き合う達也の姿勢は、心から尊敬できる。それはこの三週間で何度も見た。


「で、中三になって同じクラスになったときには、既に合唱部は辞めててさ。あんだけ上手かったのになんでだろうって思って、気になって知ってるやつに聞いたら、なんかいやがらせを受けたって話でさ……」


「いやがらせ⁉」


 きららは思わず声をあげてしまった。それは、達也が自分に話してくれた内容とは異なっていた。当人がいない以上、この場で突っ込むのもためらわれたが、反応せずにはいられなかった。


(もしかしたら気を使ってくれたのかな……)


 きららの中で、様々な感情が沸き上がっては消えていく。当時の達也がどれほど苦しみ、悲しんだのか。そしてどれほどの無念さを抱えていたのかを想像すると、胸が締めつけられるようだった。しかし、それらすべての感情を押しのけて、最後に残ったのは――


(もっと信用してくれたっていいじゃん! わたしは何があっても田中くんの味方なのにさ……!)


 達也が自分にすべてを打ち明けてくれなかったことへの怒りだった。もちろん、そんな感情が理不尽であることはわかっている。それでも、自分はパートナーなのだ。過去を話してくれたことは本当に嬉しかった。だからこそ、最後まで信用してほしかった。中学の頃の連中とは違うのだと、達也自身に思ってほしかった。


 電車に揺られながら、きららの心境は少しずつ変わっていく。最初は達也のことがただただ心配だった。しかし今は、達也に直接会って、一言文句を言ってやりたいという気持ちが強くなっている。

 最初から最後まで強引なままで、達也に向き合ってやろうときららは改めて心に決めた。


「まぁ詳しくは知らないけどな。でも俺、あいつの歌、もっかい聞きたくてさ。それでボーカルに誘ってたってわけ」


 光一はそう言いながら、真由に視線を送った。真由は「なるほどね」と納得した様子で頷く。


「まぁ結局、鈴木に取られたんだけどさ」


 真由があははと笑い、場の空気が少しだけ緩んだ。あまり光一とは話しをする機会はこれまでなかったが、彼は周囲の人間を巻き込むような明るさを持っている人間なのだと、改めてきららは思った。


「大丈夫、田中君を奪った責任は必ず取るよ」


 きららは光一に視線を送り、まっすぐに言い切った。その声には、もう迷いはなかった。


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