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雨と河川敷①


 朝、達也が学校に来ていないことに気づいたきららは、不安を抱きつつメッセージを送った。


 しかし、そのメッセージは放課後になっても一向に既読がつかなかった。きららの脳裏に、昨日の帰り際の達也の沈んだ様子が浮かんでくる。


 気になったきららは、達也のことを教師に尋ねた。返ってきた答えは、体調不良だと本人から学校に連絡があったということだった。


(昨日、あの女の子に会った田中くん、すごく動揺してた……。中学のときのこと、まだ忘れられてないんだ……そりゃぁ、そうだよね……)


 明日は本番。音源の準備も、練習もしなければならない。達也の体調が治ることを信じて、今、自分にできることをやることが最善な気もする。


 しかし、胸の中に妙な不安がよぎる。ただの体調不良なら、何の連絡もないのは気になる。あれだけ責任感が強くて、真面目な達也がそんな当たり前のことをないがしろにするだろうか。


(……きっと何か、すごく思いつめてるんだ……)


 余計な詮索かもしれない。踏み込み過ぎだと言われたら何も言い返せない。でも、このまま一人で練習なんて、できるわけがなかった。


 自分と達也はパートナーなのだ。パートナーがピンチだと思うと、いてもたってもいられなかった。

 外を見ると、どんよりとした雲が空一面を覆っている。スマホで天気予報を確認すると、この後一雨来るらしい。


(もしかしたら本当に体調不良かもしれないし、そのときは、そのときで明日のプランを考えよ……)

 そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥の不安は消えない。結局、きららは動かずにはいられなかった。考えてばかりでは始まらない。確かめなければ。


 意を決して、きららは学校を後にし、達也の家へと向かった。



 ◇



 達也は生まれて初めて学校をサボった。


 朝、いつも通り家を出て、学校へ向かおうとしたが、どうしても気が進まなかった。気が付けば鴨川沿いをひたすら歩いていた。真面目そのものだった達也にとって、サボるという行為は大罪に等しいものだった。しかしながら、やってみればなんてことはない。別に心が晴れるわけでも、罪悪感に押しつぶされるわけでもなかった。ただ、今日は学校に行かなかった――それだけだ。


 今は誰とも会いたくない。誰の目にも触れたくない。


 このまま誰も自分のことを知らない街に行けたら、と妄想する。無断欠席も考えたが、さすがに連絡がいくと親に心配をかけると思い、学校には体調不良とだけ連絡を入れた。


 昼前の鴨川は快晴だった。いつもなら清々しい気分になるはずの景色が、今日はまるで意味をなさない。何をする気も起きない。原因はわかっている。


 昨日、工藤ひとみに会ったからだ。


 彼女は中学の頃と何も変わらない笑顔で、あの無邪気な声で話しかけてきた。その笑顔は周囲を魅了する甘いもので、かつては達也にも向けられていた。そして、その笑顔の裏で、達也の大切なものを踏みにじった。


 ひとみ自身には、その自覚がないのだろう――そう考えなければ、あの無邪気さは説明がつかない。もし自覚をした上でやっているのだとしたら、彼女はまるで悪魔だ。


 だが、不思議とひとみに対する苛立ちは感じなかった。あるのは、自分自身への嫌悪感だけだ。それは、自分がされたことが、結局は些細なことに過ぎないと理解しているからだろう。そんな些細なことで歌えなくなってしまった自分の弱さが、恥ずかしくてたまらない。


(いっそ消えてしまいたい……)


 川沿いを三条付近まで歩いてきたところで、達也はふと腰を下ろした。平日だからか普段のようにカップルが等間隔で並ぶということもなく、あたりにはほとんど人影が見えない。空を見上げると、さっきまでの晴天が嘘のように、どんよりとした雲が一面を覆っていた。今にも雨が降り出しそうだ。


 時刻はもう十五時を回っていた。お昼も食べずにひたすら歩き続けていたため、お腹がすいた。鞄の中に入れていたグミを取り出そうと、チャックに手をかけたとき、昨日きららに貰ったアクリルのルームキーホルダーが目に入った。


「あ……」


 ふと思いだす。そういえば今朝、きららから体調を気遣うメッセージが入っていたことを。返信しようとしたが、結局できずに未読のままにしてしまっていた。嘘をついてまで返すことに、どうしてもためらいを感じていたのだ。


(やっぱり僕には無理なんだよ……)


 今の自分の行動が全て逃げだということはわかっている。ひとみから逃げ、人前から逃げ、歌から逃げ、そして、きららからも逃げている。


 きららのまっすぐさに今向き合う自信はない。――昔のことなど気にする必要はない。大切なのは今。全て正論だ。全部わかっている。しかし、それを信じて乗り越えるだけの強さを自分に感じることができない。考えれば考える程、思考の泥沼に落ちていく。


(そろそろ学校が終わるころか……)


 このままどこまでも歩き続けるのも悪くない。きららなら一人でも文化祭を乗り切れるだろう。それに、きっと彼女の魅力ならすぐに別のパートナーが見つかるはずだ。

 達也は最低だと思いつつも、自分の行動を正当化する理由を一生懸命探した。


(そんなことを考えても気が楽になるわけでもないのにな……ただの言い訳だ……)


 それでも探さずにはいられなかった。そんな達也が四条の橋の下に差し掛かったときだった。


「あれ? なにしてんの?」


 突然、後ろから声をかけられた。その声には聞き覚えがあった。達也はゆっくりと振り返った。


「……花梨さん」


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