DVDとブルーレイ③
映画のディスクを入れると、洋画でよく見る制作会社のロゴが流れ、タイトル画面が表示された。
「おおおお!!!」
露骨にテンションの上がっているきららをよそに、達也はそのまま再生ボタンを押した。
制作会社のロゴが再び流れ映画本編が始まる。最初のシーンに差し掛かり、俳優が台詞を吐いたとき、きららが「あっ!!」と大きな声を上げた。
「どしたの?」
「いや、吹き替えだなって思って……」
「あー……鈴木さんどっち派?」
ちなみに達也は生粋の字幕派だ。俳優の声や演技、言い回しなやニュアンスなどを感じることができ、その映画の魅力を最大限に感じることができるのは字幕版だと考えている。ただこの映画を見たいと言ったのはきららのため、彼女の好みに合わせようと思っていた。
「えっと、字幕派です……」
「あ、そうなんだ。じゃぁ変えるね」
「……田中くんは字幕でよかった?」
きららが遠慮がちに聞いてきた。
(あれだけ強引なくせに、こういうところで気を使うんだよな……)
「うん、僕も字幕派だよ」
達也がそう言うと、きららはにかっと笑った。
「よかったー! 一緒に映画行けるね!」
「え? あぁ、うん。そうだね」
そんな機会が今後訪れるかはわからない。しかし、今からそうなったときのために、他の男子に恨まれないよう、言い訳のバリエーションは増やしておこうと思った。
映画を再開する。
最初はこの異常な状況が気になって、集中できるか心配だったが、そんなことは杞憂に終わった。二時間を超える映画だが、夢中になってしまい、エンドロールまで一瞬で過ぎ去っていった。
まず、冒頭でのバンド結成のシーンからその歌のクオリティにすっかり引き込まれた。
本当に楽しそうに主人公は歌をうたい、加入したバンドのメンバーもそれを受け入れ、共に成長していく。バンドメンバーはビジネスパートナーでありながらも、男同士の友情も育まれていき、対立と和解を繰り替えしながらバンドはどんどん成長していった。
そのクオリティの高さからファンの数も爆発的に増えていったバンドに障害は全くないように見えた。しかしバンドが大きくなるほど、メンバーとの軋轢も増え、妻との結婚生活にも問題が発生し、主人公はコンプレックスを抱え、それをごまかすかのように横柄な態度を取るようになり、次第に孤独になっていく。そしてそこに付け込んだ似非の仲間とつるみ、依存していくようになる。
しかし、病気により、自分の命が残り少ないと知ったとき、主人公は本当に自分のことを大事に思ってくれているのは誰かということに気づき、バンドメンバーに謝罪する。メンバーはそれを受け入れ、かつてのように皆で音楽を愛し、ロックフェスの観客の前で本気の演奏をぶつけたところで映画は終わった。
気づけば達也は泣きそうになっていた。圧巻のパフォーマンス、そこに至るまでの主人公たちの苦悩、それを支える周囲の人々の暖かさ、そのどれもが達也の感情を揺さぶった。きららがいる手前、なんとか踏みとどまったが、もし一人で見ていたら、声を出して泣いていただろう。さすがにそれはできないと思いながら、ふいにきららを見た。そんな達也の気持ちなど知るはずもないきららは、聞いたことのない嗚咽を漏らしながら泣いていた。
「えぐっ……えぐぐっ……」
(めちゃくちゃ泣いてる‼)
可憐な顔は涙にまみれぐちゃぐちゃになり、見る影もない。声を必死で堪えているためか、聞いたことのない音がきららの口から洩れている。
達也は机の上からティッシュを箱のまま取り、きららに渡した。
「あびがど……えぐぐ……」
お礼を言いながら、きららは大量にティッシュをとり、もはや涙なのか鼻水なのかわからない液体を拭った。
空っぽだったゴミ箱がきららの使用済みティッシュでいっぱいになったころ、ようやく少し落ち着いた様子を見せた。
「大丈夫……? なんか飲み物取ってこようか?」
「あ、いえ、結構です……見苦しいところをお見せしました……」
目の下を赤くしながら、恥ずかしそうにきららが話す。感情を素直に発散できるところは、きららの良いところなのだから、恥ずかしがる必要もないとも思ったが、逆の立場になったときのことを考えると言えなかった。きっと自分も恥ずかしがっただろう。それにきららが大泣きしてくれたおかげで、自分の流した涙に触れられずに済んだ。
「で、田中くんはどうだったの? なんか自分だけ涼しい顔してるけど……?」
「いや、面白かったよ」
きららの質問に達也は答える。本当に面白かった。今年見た映画の中では一番印象に残ったし、なかなか年末までこれを超えるものに出会うのは難しいだろう。だが、その答えではきららは満足しなかったようで、もっと深いコメントを求めているような顔をした。
(……なんだ、何を求められているんだ……?)
全くわからずきららの顔を見つめ返した。するときららがふふっと笑った。
「息抜きになった?」
「え?」
「田中くんのことだから、きっとずーっと練習ばっかりしてるんだろうなって思って……」
「……」
図星すぎて返す言葉がでない。
「だから気分転換になればいいなーって! 私の方が楽しんじゃったけど! あはは!」
思えばずっと部屋にこもり、韻や音源と向き合うことばかりを繰り返していた。それは自分の実力不足からくる不安を消し去るためには、少しでも多く練習するしかないという一心からだったが、無理をしていないと言えば嘘だった。実際焦りは日に日に増していたし、精神的に摩耗していた。それがきららが来てからの二時間、彼女の強引さに促され、そういった悩みをすっかり忘れることができていた。
「歌うのが楽しくなる映画ってきいてたから、田中くんと一緒にみたいなって思ってさ」
(鈴木さんは……本当に強引だな……)
そう優しく話すきららを見て、なんで自分がこんなに心を許しているのかがわかったような気がした。
彼女は強引だ。でも自分の行動を客観的に見て、相手が嫌がることを本能的に避けることができる才能を持っている。だからこそ、普通の人ならおせっかいと思ってしまうようなことでも、彼女がやればそれは優しさに変わるのだ。
(すごいな……)
人のことを傷つけまいとして、臆病になり行動できない自分と比較して、本当に尊敬するべき人間だなと改めて思った。だから彼女は人に好かれるのだろう。
「ありがとう」
気づけば口から感謝の言葉が漏れていた。それを聞いたきららの顔が赤らむ。
「いやぁ……何も感謝されるようなことはしてないよ……でも……あはは、なんかそんな真剣な顔で言われると照れますな……」
きららが照れながらポリポリと頭を掻いていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「何?」
達也がそう言うと、優子が顔を出した。
「そろそろお昼だけど何食べる? あ、よかったら鈴木さんも一緒にどう……」
そこまで言って、優子は何かを見つけたように部屋の一点をじっと見つめた。何かと思い、優子の視線の先を見るとティッシュまみれのゴミ箱があった。
なんだか嫌な予感がして優子の顔を見ると、我が子の成長を喜ぶような顔をしている。
(なんか、とんでもない誤解をされている気がする!)
そんな空気を全く気にすることなく、きららは大きな声で返事をした。
「ありがとうございます! いただきます!!」
達也は深いため息を吐いた。




