練習とコーラ③
「お兄ちゃん、なんかあったの?」
夕飯を食べ終わり、食器を片付けている最中、翔子に声をかけられた。達也は全く自覚していなかったが、どうやら何か思いつめた表情をしていたらしい。
「なんでもないよ」
そう言って達也は翔子の頭をポンと叩いた。
翔子は「何かあったら言ってね」と言い残し、自室に戻っていった。妹ながら、よく気が回る子だと感心する。
あの後、ランダム再生をしたビートに合わせ、何度もフリースタイルバトルを行った。達也もきららも、相手をディスるのでではなく、自分の考えを主張し合う形で行ったが、そこで達也は壁にぶち当たった。
達也は根本的に自分の意見を人に伝えることが苦手なのだ。
きららとバトルをしていても、語彙力は圧倒的に達也の方が多いのに、いつも言葉に詰まってしまう。
言いたいことはある。ただそれを発言する前にどうしても頭でワンクッション置いてしまう。人間社会においての当然の忖度であり、それはいわば普通といえることだが、達也の場合、その度合いが非常に大きかった。
性格上、自分の発言で相手がどう思うか、不快にさせないかを過剰に考えてしまう。その慎重さは一瞬の判断が求められるフリースタイルバトルでは致命的だった。
達也はこの問題を自己分析し、きららに相談した。すると、彼女は笑顔で答えた。
「考えすぎてしまうことは個性だよ! だからそれは田中くんの良さ! もっと練習してその工程を早くすればいいんだよ。だって、無遠慮に相手を傷付けるのはフリースタイルバトルじゃない。それはただの悪口。フリースタイルバトルはね。自分の個性の主張と、相手の個性の許容だとわたしは思ってる。だからその個性を捨てる必要は絶対にないよ」
その言葉に、達也は救われた気がした。過去に相手を気遣いすぎて、大切なものを失ってきた自分を、肯定してくれたように感じた。
今の自分にできること。それはフリースタイルバトルを練習し、実力を磨くことだ。彼女のパートナーとして、恥ずかしくない実力を持つために、達也はひたすら韻を考える。ただやりすぎて、食事中にテレビから聞こえる単語すらも韻に結びつけて考えていたため、翔子に心配されてしまった。
自室に戻った達也はイヤホンを装着する。スマホを操作し、流れてくるビートに乗せ、自分の主張を吐き出す。
家族への感謝、学校の授業、友達の大事さ、最近読んだ本……。様々な事柄をビートに乗せていく。勿論、まだ全然上手にはできない。それでも、たまに自分の主張と、ビートと韻がバシッとはまる瞬間があった。その瞬間の気持ちよさは言葉にできないほどだった。
「この瞬間をもっと増やさないと……」
そのために思考錯誤を重ねていく。達也はラップに夢中になっていた。




