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練習とコーラ②


「……ぐぬぬ……もういっかい!」


 しかし、何回やっても結果は一緒だった。最終的にはいつもきららの方が言葉に詰まり、達也の方はまだ単語がいくつか出てくる状態が続いた。


 達也が言った単語の意味がわからず、「それどういう意味?」と尋ねることも、しばしばあった。ひとしきり繰り返した後、きららがオーバーヒートしそうな頭を抱えながら、少し休憩を取ろうと提案してきた。


「なにか飲み物買ってくるよ。鈴木さん、何かいる?」


「情けですか……コーラをお願いします……」


「わかった」


 教室を出て階段を降りたところに自販機がある。そこには聞いたことのないメーカーのお茶や水がラインナップされているが、五百ミリリットルのペットボトルが一本五十円という破格の安さなため、特に文句を言う生徒もいない。


 達也は百円玉を自販機に入れ、自分の分の水ときららのコーラを買った。そのとき、ふと達也の耳に懐かしい音が飛び込んできた。


「……この曲……」


 それは合唱曲だった。達也はこの曲を中学生のときに、練習をしたことがある。どうやら合唱部がウォーミングアップのために歌っているようだった。


 達也は、その曲とともに蘇る記憶に、胸の奥がざわつくのを感じた。あまりいい思い出とは言えない記憶だ。

 

この場に長居はしたくない。そう思い、教室へ戻ろうと足を向けた瞬間、別の方向からも音楽が聞こえてきた。

 

それは昨日聞いたばかりの光一が作った歌だった。どうやら窓を開けているようで、練習の音楽が外に漏れている。

 

 達也の頭に今朝の光一との会話がよぎる。何故、自分をそこまで熱心に誘うのか。

 

初めて光一と話をしたのは中学の合唱コンクールだ。そのころには達也は既に合唱部を退部していた。最初は適当に参加するつもりだったが、しかし、真面目な達也の性格上、手を抜くことはできず、クラスメイトが音程を外しそうなときなどに率先してメロディーラインを意識させるなどのサポート役に回っていた。

 

 その結果、光一の目に留まったわけだが、今思うとあれだけの理由で、ここまでボーカルに誘ってくるというのは腑に落ちない。


(ま、考えても仕方ないか……どっちにしろ、やることはないんだから)


 達也が教室に戻ると、きららが小型のスピーカーとスマホを片手に悪戦苦闘していた。


「あ、おかえり」


「ただいま。はいこれ。何やってるの?」


 達也はコーラを手渡しながら、きららに尋ねた。


「いや、なんかスピーカーの接続が悪くてさ」


 そういってきららは筒状のスピーカーをぶんぶんと振る。


「貸してみて」


 達也がスピーカーを受け取り、確認すると、接続スイッチがしっかりと入っていないことに気づいた。スイッチを入れると、カチッという音とともにビートが流れ出し、その音量に驚いてスピーカーを落としそうになる。


「おお……やはり田中君は天才だね」


「いや、気づいただけだし誰でもできるよ……」


「でも、そこに『気づく』ってのが本当に凄いことだと思うんだよね」


 きららはにこやかに笑った。


「部活のことも、文化祭のことも、今のことも、全部そう。ぜーんぶ田中君が気づいてくれたから始められたんだよ。本当に感謝してる」


「……いいよ、お礼なんて」


 きららの真剣な眼差しに、達也はどう返事をすればいいか分からなくなる。


 達也はその感謝を素直に受け入れられずにいた。確かに気づいたのは自分かもしれないが、実際に行動を起こしているのはすべてきららだ。自分は何もできず、ただ流されるままここにいるだけ――そんな感覚がどうしても拭えなかった。もし今、きららが辞めるといったら、なんの後腐れもなく、バッサリと辞めることが出来てしまうだろう。昨日今日と韻を考えたりするのはとても楽しかった。でもそれも今だけのことだ。もしこのままやらなくなったら、きっと綺麗さっぱり忘れてしまうだろう。


 かつてあれだけ好きだった歌うことを辞めることができたように。


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