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練習とコーラ①


「なんだよ、それ……放課後デートじゃんか。めっちゃいいじゃん!」


 学校に着くと、恒例行事のように光一が進捗を確認してきた。


「別にそんなんじゃないよ。サイファーは色んな人と一緒にやってたしね。ふぁぁ……」


 漏れ出るあくびを達也は咄嗟に嚙み殺した。


「なんだよ、随分眠そうだな」


「うん、昨日眠るの遅くてさ。それより諏訪原の方はどうなんだよ。バンドはどうなの?」


「お前がそれ聞く? 誘いを断ったくせによー。……ま、順調だよ」


「そうなんだ。あ、音源聞いたよ。すごくよかった。でもあれ、本当に諏訪原が作ったの?」


 昨日、フリースタイルの音源をいくつか再生しているうちに気分転換にふと、光一から送られてきた音源も聞いてみた。仮ボーカルという位置づけらしいが、真由のかわいらしい声で格好いいロック調の歌が録音されていた。そのクオリティは非常に高く、正直、高校生が作ったオリジナル曲とは思えないほどだった。


「だろ! 正真正銘、俺のオリジナルだ! 作詞も作曲も俺だ。演奏のアレンジはバンドのメンバーに相談したけどな。てかやっぱいい曲だろ? だからさ」


「いや、やらないよ」


「まだ言ってねぇ!」


「ていうか、あれ中原さんの声だろ? 僕には歌えないよ」


「そんなことない。お前ならあれぐらいの音域、絶対出る」


「何でそんなことわかるんだよ」


「何々? 呼んだ?」


 少しずつヒートアップしていく達也と光一の会話に真由が割り込んできた。朝一番の憂鬱を晴らすような飛び切りの笑顔だ。その笑顔に少し冷静さを取り戻した光一が、静かに言葉を続けた。


「ま、もうちょい考えてみてくれよ。このままだとこいつが歌うことになるからよ」


 そういって光一は真由の頭を軽くポンと叩き、自分の机に戻っていった。


「歌、聞いてくれたんだ。このままだとあたしがリズムキープしながら歌うことになっちゃうらしいよ」


「僕にはどうしようもないや。ごめんね」


「ううん、こっちこそごめんね。光一、言い出したら聞かないところあるから」


 長年一緒にいるからこそわかるものが二人にはあるのだろう。真由は光一の代わりに達也に謝ってき

た。


「なんでそんなに田中君に歌わせたいのかは、あたしも聞いてないからわかんないけど、幼馴染としてはちょっと妬けちゃいますな。無理させるわけにはいかないから、断ってくれて全然かまわないし。フォローはちゃんとするからさ!」


 そう言って真由は光一のもとに駆け寄った。普段のんびりとした彼女が見せた冷静な対処に、達也は少し驚いた。


 一時間目の数学が始まった。 

 生まれてこの方、学業を疎かにしたことのない達也は、今日も教壇の教師の言葉に集中する。授業は真面目に受けなければならない。しかし、そんな考えとは裏腹に、達也の頭の片隅では聞こえてくる単語で踏める韻をどんどん探していた。


(因数分解、難しい、数学教師、二十九歳、シングルマッチ……)


(方程式、悲しき、形式……うーん……)


 それは二時間目の古文、三時間目の公民、四時間目の物理の時間も続いた。教師の発言や教科書に書かれてある文字でふとした瞬間に韻を踏んでいる自分に気づく。


(だめだ。授業に集中しろ)


 それでも習慣とはありがたいもので、そんな状況の頭とは裏腹に、板書を取る手はすらすらと動いてくれた。


 ◇


「田中君! これ書いて!」


「……何これ?」


 放課後、特に言われなくても律儀に教室に残っていた達也に、きららが一枚の紙を差し出してきた。目を通すと、代表者と書かれている欄には大きくきららの名前、学年、クラス、出席番号、住所が記されている。その下にはメンバー分の記入欄が続いており、もちろん全てが空白だった。


「文化祭発表の希望用紙。さっき先生にもらったの。田中君も名前書いて」


 促されるまま、達也は必要事項を記入した。話によると今年の希望者はやはり現状ゼロで、きららが職員室でこの用紙を受け取ったとき非常に歓迎されたらしい。


「ありがと! 帰りに出しとくね。さ、今日はちょっとしたゲームをやりましょう」


 そう言ってきららはガサゴソと鞄から箱を取り出した。

 その箱は上下にパカッと開き、中には様々な言葉が書かれた四角い白いカードが入っている。受験生が使う単語帳をばらしたような見た目だ。


「? これをどうするの?」


 達也の疑問にきららが鼻をふふんと鳴らす。


「これは韻を踏む練習キット。名付けてラップマスター君2号だよ!」


 きららがババンと、水戸黄門の印籠を掲げるように箱を高く掲げた。その得意げな様子に、「1号はどこにいったのだろう」という疑問はとりあえず胸にしまいこんだ。


「文化祭まであと三週間を切りました。昨日サイファーで実戦デビューをした田中君をさらにラップ漬けにするためにわたしが心を込めて作りました。夜なべで」


 それにしては、きららは元気はつらつといった様子だ。達也はそのバイタリティの差を感じた。


「……それはありがとう。で、これをどうするの?」


「そんなに気になる?」


 きららが悪戯っ子のような目でこちらを見つめてくる。さっき見えた様々な言葉と「韻を踏む練習キット」という名前からだいたいの想像はついたが、こんなにノリノリな彼女の前でそんな野暮なことを言う気にはなれない。


「気になるね」


「ふふ、よろしい。じゃぁルールを説明するね」


 きららはバラバラに散らばった紙の中から、無作為に一枚を選び取り机の上に置いた。それは裏向きになっており、まだどんな言葉が書かれているのかは見えない。


「ここには、いろんな言葉が書かれたカードがたくさん入ってるの。これを表向きにして、その言葉で韻を踏める単語を交互に言い合うっていうゲームだよ」


「なるほど」


「やっぱり言葉の引き出しって大事なんだよね。どれだけネタを持ってるか、それを瞬時に出せるかが勝敗を分けるし。それにいっぱい韻を踏めた方が気持ちいいじゃん。勿論、それだけが全部じゃないけど。とにかくかなり大事な要素なのです」


 昨日の夜や今日の授業中、達也がやっていたことではあるが、こうして改めて聞くと、確かにその通りだと思う。いざ、自分の主張を伝えたいときに、その言葉を知っているかどうかや、それで韻を踏んだ経験があるかは大きな差になるだろう。


「で、一つコツなんだけど、母音を意識するとかなり世界が変わるよ」


「母音?」


「そ! 例えばりんごだったら、いんお。きららだったら、いああって感じ。実際はここまでシンプルじゃないけど、意識するだけで結構変わるよ。ま、とりあえずやってみよう!」


 そう言ってきららが机の上に置かれたカードを表にした。そこに書かれている単語を達也が読み上げる。


「墾田永年私財法……」


 一瞬、教室の空気が止まる。そして一呼吸置いたあと、きららが達也にターンを譲った。


「……じゃぁ田中君、先行ね!」


「いや、ちょっと待って!!」


「え、何?」


 きららは何のことか分からないといった様子で、とぼけた表情を浮かべていた。


「いや、ハードル高くない? てか、何でそんな絶妙な言葉のチョイスなの?」


「えへへ、昨日深夜テンションでつくったから……じゃ、もう一枚めくろう!」


 笑顔でごまかしながら、きららは更に一枚取り出す。そこには「当直直線運動」と書かれていた。


「……」


「……ま、最後の文字さえ意識すればいいから! 田中君、母音の意識だよ! 当直直線運動だったら、

おうおうおうえんうんおうだよ!」


 もはや謎の呪文を唱えているようだった。達也は一生懸命頭をひねるが、なかなか言葉が出てこない。


「ごめん、難しいや。鈴木さんやってみてよ」


「……最後の文字さえ踏めてればいいから……」


 というわけで、帳尻を合わせる形で再開した。


 まずお題は「運動」だ。二人で交互に言葉を並べていく。


「葡萄」「浮上」「無常」「夢想」「無謀」「苦労」「歩道」「相撲」「外道」「欲望」


 ひとしきり出し合ったあと、お題を変えてみる。どの言葉もかなりラリーが続いたが、全てきららの番で終わった。フリースタイルの経験はきららの方が圧倒的に多いものの、語彙力に関しては達也の方が上回っていた。


 達也は日課として読書を嗜んでおり、比較的簡単に読める大衆向けの娯楽小説から、難解な哲学書や歴史書まで幅広く読むため、その分知識も豊富だ。あまり読書に触れないきららと、単純な語彙力を比較すると、達也が優勢になるのも当然だった。しかしきららはラップ初心者である達也に負けたことが相当悔しいようで、頬を膨らませ、むきになって次々に違う単語で勝負を挑んできた。


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