再会とサイファー⑦
そして再び花梨たちのターンになった。困惑からか、先ほどの達也たち同様、一瞬の沈黙が生まれる。しかし、すぐに気を取り直して花梨が口を開こうとしたときだった。
「……あはははははは!」
花梨の口元が緩み、大きな声で笑い出した。抑えきれなかったのか、腹を抱えて笑い続ける。その笑い声は周囲にも響き渡り、通行人が何事かとこちらを振り返る。いまだ肩で息をしている達也の肩を、ポンときららが叩いてきた。
「田中君、最高だよ!」
達也は状況を全く把握できず、困惑したままだ。その間にも、笑い声は周囲に広がり、気づけば達也以外の全員が笑っている。
「え、何……」
怖くなり、きららに声をかけた。そんな達也を見て、花梨が口を開く。
「いや、ごめん、ごめん! 笑うつもりなんてなかったし、馬鹿にしてるわけでもないんだよ。初心者だから当たり前なんだけど、韻もフロウもめちゃくちゃなのに、それでいて言ってることは正論で、的を得ててさ。あんた才能あるよ。それにあんた、自分を馬鹿にされても返さなかったのに。キキララちゃんを馬鹿にされたらすぐに怒ってさ。その実直さっていうの? それがなんだかすごく青春してて、何か笑っちゃった。でも本当に馬鹿にしたわけじゃないよ。圧倒されたっていう方が正しい」
花梨の言葉に周囲の男性たちもうなずいた。あれだけ笑われた後では、その言葉を素直に信じるのは難しかったが、確かに褒められているようだった。花梨に続いてきららも発言をする。
「私もね、魅力的って言われてすごく嬉しかったよ。田中君、普段そういうこと全然言わないからなんか本気の言葉って感じがした。あ、でも全国レベルは言いすぎ。思ってないでしょ!」
さっきの言葉は何も偽りない本気の言葉だ。自分でも普段意識していないが、口から咄嗟に出るということは心のどこかでそう考えているということだろう。彼女のことをそんな風に考えていたとは自分でも驚きだし、本人に聞かれてしまったことを考えると、恥ずかしさが込み上げてくる。
「いや、どうかな……」
「ほら、はぐらかす! でもわかっちゃったもーん。そんなに魅力的かわたしは。えへへ」
きららはご満悦といった様子で達也を上目遣いで見つめた。さっきの発言がよぎり、変に意識をしてしまい、思わず顔を逸らしてしまう。達也が言ったのはそういう話ではない。もっと内面の魅力の話だが、しかし、可愛い女の子に見つめられ、照れないでいられる程、達観もしていない。
「あはは、これは私たちの負けだわ」
花梨が二人の様子を見て、そう言った。
「もう日も暮れそうだし、今日は解散かな。楽しかったよ、またやろうね」
「はい! こちらこそありがとうございました! あ、みなさんも! 本当に楽しかったです! またお願いします!」
きららが周囲に向かって頭を下げる、達也もそれに合わせてペコと頭を下げた。
「あ、それから……田中君!」
花梨が達也を呼び止めた。
「え?」
「かっこよかったよ。ほんとに! キキララちゃんはいいパートナーを見つけたね。大事にしなよ。自分の苦手なことに逃げずに立ち向かえる男なんてそういないんだからね」
花梨は達也ときららに向かってそう言ったあと、仲間を引き連れて駅に向かっっていった。
達也はぽかんとした表情で「ありがとうございます」とだけ返事をし、きららは達也を自分のパートナーと言われたことに機嫌をよくしたようで、「はい!」と元気よく返事をした。
「じゃぁ、わたしたちも帰ろっか」
きららの言葉にうなずき、達也たちも帰路についた。
◇
その夜、達也はなかなか寝付けずにいた。布団に入り、目を閉じると、今日の興奮がよみがえってくる。サイファーでのバトル……いやバトルと言えるのかどうか自分ではわからないが、初めてのフリースタイルラップは……
(気持ちよかったな……)
無我夢中だったが、振り返ればあれだけ自分の意志をぶつけたのは、生まれて初めてかもしれない。勝敗なんてどうでもよく、きららへの侮辱を否定したい一心だったが、言いたいことは全部言えた気がする。これを韻を踏みながら、ルールにのっとって、格好良く決めるのがフリースタイルラップの醍醐味なんだろう。その快感が少しだけ理解できた。
(……はまる人が多いわけだ)
達也の中にフリースタイルへの一つの気持ちが芽生えつつあった。
(僕も……もっと、自由にできるのかな……)
きららや花梨が言葉を巧みに操る姿は本当に格好良かった。自分には到底無理だと思っていたが、今日、その世界の一端に触れ、もしかしたら自分もできるようになるかもしれないと感じた。しかし、今のままではだめだ。
(もっと上手くなりたい……)
枕元のスマホを手に取り、机に向かった。
サブスクリプションの音楽配信サービスを開き、きららから教えてもらった練習用の音源を再生する。選んだのは、バトル用ビートが集まったプレイリストだ。インストゥルメンタルだけの音源に合わせて、今日のラップをもう一度やってみる。
しかし、全然音楽に合わずに言葉に詰まってしまう。何度も何度も繰り返し行った。上手くいくまで諦めずに何度も繰り返す。
気づけば時刻は三時を回っている。もう寝なきゃいけないと頭ではわかっている。でも繰り返し行うラップが楽しくて仕方がなかった。試すたびに違う言い回しが出てくるし、音源を変えれば、新しいアプローチが見つかる。どんどん重くなる瞼に逆らいながら、達也はひたすら練習をした。ノートに思いついた韻を書き留める。
そして、四時を過ぎたころ、ついに達也の頭が机に沈んでいった。耳に入ってくるビートに合わせて、韻を踏み続ける脳内のリズムに包まれながら、達也はそのまま夢の世界へと落ちていった。
◇
帰宅後、夕飯や入浴を済ませてから自室に戻ったきららは、さっそく連絡先を交換した花梨にお礼のメッセージを送った。すぐに既読がつき、「またやろう」とシンプルな返信が届く。その簡潔さが、花梨の魅力なんだなと感じた。
今日、初めて念願のサイファーに参加をすることができた。ずっと怖いと思っていたけど、いざ参加してみればみんな優しくて、本当に楽しかった。
(田中君には無茶させちゃったけど……)
本当に達也には見学だけをしてもらうつもりだった。だけど、達也と一緒にやりたいという気持ちが抑えられなかった。結果的に無理やり巻き込んでしまった。文化祭まであと三週間。練習を急がないといけないのは事実だが、さすがに今日のやり方は強引すぎた。夢中になると周りが見えなくなるのは自分の悪い癖だと自覚している。そんな自分に付き合ってくれた達也には本当に感謝している。それに……。
(魅力的って……別に深い意味はないよね……)
きららの容姿や性格を褒めてくれる人は多い。特にクラスメイトの男子は可愛いとか優しいとか、大したことをしていなくてもすぐに褒めてくれる。魅力的と言われたこともあったけど、今日ほど心に響いたことはなかった。同じ言葉なのに、どうして達也の言葉はこんなにも心に染みるのだろう。普段、達也がこういうことを軽々しく言わないから? それとも……。
(ええい! やめやめ!)
あまり考えすぎるのは性に合わない。魅力的と言われて嬉しかった。ただそれだけでいいじゃないか。
ふわふわとまとまらない考えを抱えながら、きららはボフっと枕に顔をうずめた。そのまま、彼女は夢の中へと落ちていった。色んなことがあってもすぐに寝られるのが自分の長所だな。そうきららは思った。




