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再会とサイファー⑥

 

 通常、2ON2のラップバトルでは、チームの番になるとメンバーが交互にラップをするのがルールだ。しかし、初心者である達也への配慮から、今回はチームの番の中なら、誰がラップを行ってもよいという特別ルールが適用された。つまり、実質的にはきららだけで全てを終わらせることもできるということだ。


(そうならないように、頑張らないといけない……)


 周囲の人間が達也の様子を伺っていることを肌で感じる。まるで彼が失敗するのを待ち望んでいるかのような目線に思えた。それが被害妄想だと自分でも理解しているが、脳は勝手に不都合な方へと解釈してしまう。悪い癖だという自覚はあるが、自分でやめられれば苦労はない。


「ありがとね、田中君」


 そんな達也の様子を見て、きららが声をかける。強制してしまったという意識があるのか、その声には謝罪の気持ちが滲んでいるように聞こえた。


「鈴木さんが気にすることないよ。最終的にやると決めたのは僕だから」


 達也は一歩前に進み、きららの横に並び立った。


 相対するのは花梨と彼女の取り巻きの一人である男性だ。今日の初めに花梨に茶々を入れ、尻を蹴られた男性で、花梨と非常に仲がよく見えた。きっとチームワークも抜群なのだろう。二人の間に無言の信頼関係が漂っていた。


 気を抜くと倒れてしまいそうなプレッシャーが達也を襲う。

 それは久しぶりの感覚だった。自分をさらけ出す感覚。学級委員長として教室の前に立つことはあっても、それは「学級委員長」という役割を演じているに過ぎなかった。でも今は違う。達也個人として、この場所で多くの視線を浴びている。高校に上がってからは一度も感じたことのないこの視線に、達也の息が次第に上がっていく。


「大丈夫」


 ふと手の甲を柔らかな感触が包み込んだ。きららの手だ。横を見るときららが微笑んでいた。その頼もしさに、乱れた呼吸が少しずつ落ち着いていく。彼女の声がこんなにも心を落ち着かせる理由は何だろうかと、達也は思いながら前を向き直した。


「いくよ」


 そして音楽が流れ出した。先攻は達也たちだ。きららが一歩前に出て、花梨に向かって言葉を飛ばした。


「アングラ気取って、仲間囲ってる。女王様のつもりか? その王冠、重くて落っことすのがオチだ!」


 ――かなり直接的なディスを繰り出し、花梨を名指しで攻撃した。


 花梨もそれに応戦する。


「王冠? そう見えるのはお前が傍観者だから。人望がない。群れたくても誰も寄らない。モテない女の僻み。嫉妬で顔が歪んでるぜ」と一切苦しい表情を見せずに綺麗にアンサーを返す。


 通常のルールならば次は達也のターンだ。しかし、感情に脳が追い付かない。このままでは言葉に詰まってしまう。


 そんな達也の様子を察したきららが攻勢に出た。花梨も負けじと応戦し、ハイレベルな攻防に達也と花梨のパートナーの男性は傍観者になりかけていたときだ。ついに男性が口を開いた。


「花梨にあるのはカリスマ性、お前に到底ないものだぜぇ。連れてる男もまじだせぇ。女に守られ話ができねぇ!」


 それは明確に達也を狙ったディスだった。達也は反論しようとしたが、またしても言葉が出てこない。


 達也たちの番に一瞬の沈黙が生まれる。ほんのわずかな沈黙だったが、周囲に劣勢の印象を与えるには十分だった。きららが咄嗟にフォローに入るが、花梨たちはその隙を見逃さず、さらに追い詰めにかかる。言葉巧みに韻を巧みに踏みながら、きららをディスった。


「こんなダサい男を連れているのはナンセンス、あんたにはないリベンジのチャンス、まだまだ百年早いんだ、あんたには魅力がないんだ! そんな稚拙なスキルじゃ、頑張ったって無駄だ!」と華麗にライムを展開する。


 花梨の言葉が達也の心に深く引っかかった。


 自分のことはいくら言われてもいいと思っている。それは事実なのだから。

 しかし、きららの頑張りを「無駄」と断じることだけは許せなかった。

 彼女が仲間を求めたときの寂しそうな表情、一緒にやりたいと必死に頼んだときの表情、そして、達也が受け入れた後のあの嬉しそうな笑顔。

 短い時間であったが、達也は彼女の本気度を感じていた。そんな彼女の輝きを「無駄」と言わせるわけにはいかなかった。


 達也は、思わず拙い言葉で反論を始めた。


「彼女の頑張りを無駄なんて決して言わせない。仲間がいて、環境に恵まれている人間には決してわからない努力があるんだ。僕のことはいくら言われてもいい。でも彼女のその頑張りを馬鹿にするのは許せない! それに、誰を連れてるかでカッコよさを判断するなんて、それこそダサい行為だ!」


 全身の血液が心臓に集まり、酸素が一切供給されない頭を必死に回転させ、無我夢中で達也は言葉を紡いでいく。精査されていない言葉たちが堰を切ったように口から飛び出ていく。技術もない、やり方もわからないため、韻もフロウも無茶苦茶だ。まるで駄々っ子のように、ただ思いの丈をぶちまけるだけだった。


「他人の評価で物事を決めるな! それに彼女は魅力的だ! 予選は負けたけど、全国レベルの魅力だ! ……ええと、あほ、ばか!」


 最後はもはやなんの主張にもなっていない、単なる幼稚な悪口になっていた。活舌もめちゃくちゃで、早口すぎて周囲の人間がまともに聞き取れたかどうかもわからない。それでも達也は自分のターンを最初から最後まで駆け抜けた。


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