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再会とサイファー⑤


「おーけー! じゃぁ早速やろうか!」


 花梨が合図を出すと、取り巻きの男性の一人がスピーカーに近づき、スイッチを押した。


 ズンズンと響く音楽が、思わず身体を動かしたくなるようなリズムで周囲に広がる。

 そして順番に皆がラップを披露しだした。


 サイファーはバトルのようにディスり合う場ではなく、各々が自分の想いを言葉に乗せて発信する交流の場という意味合いが強いようだ。自分のラップにかける思いを伝える人、最近の政治に物申す人、家庭の悩みを語る人など、その内容は多種多様で、非常に自由な雰囲気が漂っていた。


 その中で、きららは自分のラップへの想いを語っていた。

 初めてサイファーに参加できる喜び、そして文化祭でラップの魅力を伝え、もっと仲間を増やすという決意表明を音楽に乗せて繰り出している。言葉だけでなく、全身を使ってその楽しさを表現する姿から、本当にラップが好きでたまらないという気持ちが伝わってきた。


 きららのラップを見るのはこれで二回目だが、初見の大会では、その特殊な状況と急な展開のせいで冷静に観察ができなかった。だから、今回、彼女が他のラッパーとラップを交わしている様子をしっかりと見るのは、達也にとっては実質的に初めてだった。


 こうして改めて見ると、素人目ながら、きららの実力は周囲のラッパーたちと比べても抜きん出ていることがわかった。前の人の発言を巧みに引用しつつ、矛盾なく自分の言いたいことを音楽に乗せ、韻を踏みながら流れるように展開していく。その技術は見事と言うほかない。


 周囲の人たちも十分に上手なはずなのだが、きららと花梨の実力は頭一つ抜けている印象を受けた。


 サイファーは円になって行われる。ラップを行う順番は特に決まっておらず、常に空気を読みながら進行していく。そのため、時には同時に歌い出して譲り合いになることもあるが、きららの場合はそうしたことがなかった。彼女は誰かが歌い出しそうか、誰かと被らないかを瞬時に判断し、絶妙なタイミングでラップをスタートさせていた。その立ち振る舞いの巧妙さは、円の外にいる達也でもわかるほどだった。円の中の人たちもそれを肌で感じたようで、以前対戦した花梨以外のメンバーも、きららの見た目と実力のギャップに驚きを隠せないでいた。


 やがて音楽が止まり、それぞれが呼吸を整えたり水分補給をしている間、しばしの沈黙が流れた。川のせせらぎがやけに達也の耳に届き、その静けさが一瞬だけ続いた。


 そしてその沈黙をきららが破った。


「……楽しい~~~~~!!!!」


 きららの声を皮切りに、周囲の人たちも笑い出し、きららに向かって称賛の声が飛び交った。


「すっげぇ……本当にサイファー初めて?」


「やるじゃん。俺なんかより全然うまいわ」


 そんな中、花梨がきららに声をかける。


「こないだ対戦したときも思ったけど、改めて君すごいね」


 その顔はとても嬉しそうだった。


「女の子でこれだけできる人、なかなかいないよ。人口が少ないってのもあるけど。でもこうやって会えて本当に嬉しいや。ま、でも私の方が強いけどね。あはは」


 花梨の笑い声が辺りに響き渡る。きららは褒められたのが嬉しいのか、照れくさそうに笑い、頭をポリポリと掻いた。


 その後も何回か曲を変え、サイファーに興じた。どの回も白熱しており、達也は見ていただけなのに、知らず知らずと身体が熱くなっていくのを感じた。


(いつか僕もこうやってできるのかな……)


 あっという間に周囲に溶け込んだきららを見ながらぼんやりと考えた。ココミュニケーション能力も実力も華もあるきららは、気づけばサイファーの中心にいた。自分よりも身体が大きい年上の男性に対しても一切引けを取らず、堂々とした迫力を見せている。


(やっぱ僕じゃない方がいいんじゃないかな)


 その眩しさが達也の心の中に影を落とした。


 自分の存在はたまたまイベントに居合わせたクラスメイトというだけで、仲間になってもらえるのであれば極論、誰でもよかったはずだ。今日も見学だけで何の助けにもなっていない。

 誘ってくれたとき、彼女は「一緒がいい」と言ってくれた。達也と一緒なら、きっと楽しいと。でもそれは単なる予想にすぎない。自分がやらないとなれば、きっと誰かがその役割を果たしただろう。

 段々と日が傾いてきた。集団の傍らで達也が一人で思考の迷路に迷い込んでいると、そろそろ解散かといった空気が流れた。


「キキララちゃんと姉さん、せっかくだからもう一度バトルしてよ。俺ら観たいからさ」


 花梨の取り巻きの一人が発言し、周囲の人々もそれに賛同して「いいじゃん、いいじゃん」と賑やか

す。

 花梨はきららの顔をちらと伺い、「キキララちゃんがいいなら」と言った。


「うーん……」


 きららは顎に手をかけ、少し考える仕草を見せた。そして達也の顔をちらと見てくる。何かと思ったが、次の瞬間「うん」と何か納得した表情を見せ、花梨に返事をした。


「2ON2でもいいですか?」


 きららの発言に花梨は驚いた様子を見せた。


「いいの? こっちは全然いいけど」


「ありがとうございます! 田中君、やろ!」


「え?」


 いきなり名前を呼ばれ、達也の身体がびくっとする。


 2ON2とは、フリースタイルバトルを二対二のタッグマッチで行う方法だ。バースと呼ばれる小節ごとでパフォーマーを交代し、1対1のときよりも単純なアンサーだけでなく、フォローアップ能力やチームワークが試される。そのメンバーにきららは達也を指名してきた。


「え……!」


 再び周囲の視線が達也に集まる。

 身体中から汗が一気に噴き出し、手足から体温が奪われ、身体中の熱が脳に向かっていく。心臓の鼓動がどんどん速度を上げ、まるで一度も触ったことのないロボットを操縦しているかのように、身体が言うことを聞かなくなっていく。口も自分のものではないかのようで、「無理だよ」の一言が喉に詰まっていた。


(やっぱ、僕には無理なんだよ)


 逃げ出したくなる衝動を、達也は必死に抑えた。


 周囲の人々の視線が遠慮なく突き刺さってくる。その中にはきららの視線も含まれていた。

 他の人々の視線は、達也の実力や人間的価値を値踏みするようなものだったが、きららの視線は違った。それはとても優しい眼差しで、まるで子どもの自発的な成長を促すかのような優しさを孕んでいた。

 きららがゆっくりと達也の方へ歩み寄り、そっと耳打ちをしてきた。


「田中くんならきっとできるよ。大丈夫。無理はしなくていいけど……でももしやってくれるなら、ちゃんとフォローするから」


 きららの言葉が達也の心にスッと入ってくる。その言葉に、先ほどまでの葛藤がじんわりと溶けていくような温もりを感じた。


 ふと視線を下げると、達也の服の裾を掴んでいる小さな手がそこにはあった。


(震えてる……)


 それはとても小さな手で、先ほどまで男性たちと渡り合っていたことが嘘だったんじゃないかと思えるほど、か弱く見えた。同時に達也は自分の勇気のなさを呪った。


 かつて人前に出ることが大好きだった自分と、今の自分を比較し、深い絶望が達也を襲ってくる。


(やりたくないのは間違いないけど……)


 それでも目の前の彼女の姿を見ると、ここで拒むことはできなかった。

 達也はきららの手にそっと自分の手を重ね、裾から手を外させる。


「……わかった」


 その声は掠れていたが、確かにその場の全員に届いた。


 こうして達也のデビュー戦の幕が開いた。


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