再会とサイファー④
「それじゃぁ、よろしくお願いします!」
きららが集団に向かって軽く頭を下げる。それに連動するように、達也も頭を下げた。集団から口々に「よろしく」という声が聞こえる。集団を構成していた人間は舌や唇に
ピアスを空けていたり、腕にタトゥーを入れていたりと正直見た目は怖かったが、思って
いたよりも温かく受け入れてもらえたようで、達也は胸をなでおろした。
「あれ、君……」
集団の中にいた女性がきららに声をかける。少し前傾姿勢になりながら、きららの顔をじっと見つめている。耳にぶら下げている大きな羽のついたピアスが体の動きに合わせて、ゆらゆらと揺れた。女性は口元に手を当て、考え込む仕草を見せた。
「あ! あのときの女の子だ!」
「え?」
女性はきららの顔を見て、何かを思い出したように手のひらをポンと叩いた。その声に周りの強面の男性たちが「なんだなんだ」と注目してきた。
「ほら、今週のGMBの一回戦であたった女の子だよ! MCキキララ!」
その言葉に周囲がざわついた。
今週のGMBといえば、達也が観戦したGMB京都の決勝トーナメントのことだ。あれに参加するには京都府内の各予選を勝ち抜かなければならず、それもかなりの激戦となっており、男性たちは、瞬時にきららを強者として認識した。
「え、花梨さん⁉」
きららも相手を認識したようで、驚きの表情を浮かべた。
「うわ! 会えてうれしいです! 先日はありがとうございました! バトルと全然雰囲気違いますね」
きららはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、再会の喜びを全身で表現した。彼女は握手を求め、花梨がそれに応じる。
MC花梨は先日のGMB京都決勝トーナメントできららと対戦し、勝利を収めた女性だ。
惜しくも決勝で敗れたため、京都代表にはなれなかった。
GMBのときは照明も暗く、顔をはっきり認識できなかったが、こうしてみると確かに目の前の花梨は達也の記憶と一致する。雰囲気は非常に大人びており、周囲には「姉さん」と呼ばれているが、それは彼女の持つカリスマによるもので、まだ二十歳であり、集団の中でも若い部類に入る。
花梨はタイトなジーンズにスニーカー、少し小さめのTシャツをへそ出しで着こなし、活力に溢れているような印象を受ける。
「あぁ、姉さんが決勝で負けたあの大会に出てた女の子か!」
「いや、言い方考えろよ」
花梨はそういって取り巻きの一人の尻を蹴り上げ、蹴られた方は喜んでいる様子を見せている。これが彼らのコミュニケーションスタイルのようだった。
「花梨さん、ステージ上と雰囲気違いますね」
「いや、それはあんたもでしょ。若いとは思ったけど、まさか女子高生とは思わなかったわ」
確かにステージ上にいたMC花梨は、もっと鋭い眼光で相手を圧倒するような覚悟を感じさせていた。それに比べると、目の前の彼女は幾分か柔和な雰囲気を漂わせている。そしてそれはきららにも言えることだ。ステージ上の彼女も、普段とは随分と異なる印象を与えているだろう。
「で、何? 今日はリベンジってわけ?」
花梨が不敵な笑みを浮かべ、きららに尋ねる。
「いや、そういうわけじゃないんです。ていうか花梨さんがいることも知らなかったですし」
「あ、そうなんだ」
きららがSNSで見つけた「三条サイファー」の告知アカウントは花梨が発信していたわけではないようだった。
三条サイファーのメンバーは大学生から三十代前半までと幅広く、誰が言ったわけではないが、自然と花梨をリーダー的存在として、週に何回かこの三条大橋から少し離れた場所で集まり、サイファーに興じているらしい。参加理由も多種多様で趣味でラップをやっていて、単純に楽しみたい人もいれば、フリースタイルバトルの大会に出場するための、スキルアップを目的としている人もいる。
「アカウント見つけて、混ぜてもらおうと思って」
「いいねぇ。やろやろ。あ、ちなみにリベンジマッチもいつでも受け付けてるからね」
そういって花梨は挑戦的な視線をきららに送ってきた。
達也にはラッパーの世界のことはよくわからないが、ステージ上であれだけディスり合っても、降りるとこうして仲良くできるのは不思議な感じがした。
「で、そっちの子は彼氏?」
花梨が達也を見ながらきららに尋ねると、周囲からもそれを煽るような空気が流れた。
「あはは! そんなんじゃないですよ!」
きららは何も気にしない様子でその空気を笑い飛ばした。別に何かを期待していたわけじゃないが、そのはっきりとした物言いにほんの少しだけ達也の心がチクりとする。
「彼は田中君です! 一緒にこれからフリースタイルをやっていく仲間です!」
(う……)
視線が達也に集まる。予選を勝ち抜いたMCキキララの仲間とはどの程度の実力なのかという値踏みをするような視線だった。人の注目を浴びることが苦手な達也にとって、その空気は決して居心地の良いものではなかった。
「あ、でも田中君、フリースタイル初めてなんで、とりあえず見学してもらいます。だよね?」
「あ、うん。そうさせてもらいます」
そんな様子を察して、きららが助け舟を出してくれた。元はと言えばきららの強引さから始まった状況だが、今の達也にとっては彼女が天使のように見えた。こうして人は騙されていくんだろうとぼんやりと達也は思った。




