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再会とサイファー③


「で、今日は何しに行くんだっけ」


 結局、肝心なことを聞いていないことを思い出し、達也はきららに尋ねた。勿体ぶりながら、きららがゆっくりと口を開いた。


「サイファーって覚えてる?」


「路上とか公園でフリースタイルラップをすること……だっけ?」


「そ! 今からそれをやりにいくの」


「……え?」


「三条大橋ってあるじゃん? あのカップルがよくいる」


「うん」


 三条大橋とは、一級河川の鴨川を挟むように三条通り沿いにかかっている橋のことであり、カップルが等間隔で並んでいることでも有名な場所だ。すぐ近くには三条京阪駅があり、繁華街に近いこともあって多くの人間が利用する場所だった。


「あの川沿い付近でやってる人たちがいるらしいんだ。さっきSNSで調べたら、今日もやってるらしいから混ぜてもらおうと思って。前も言ったけど、一人だとかなり参加しづらいんだよね。今日は田中くんもいるし、勇気をだして参加してみようと思って」


 先ほど調べていたのは今から行く場所でサイファーが行われているかどうかだったようだ。サイファーの集いはSNSを使って募集されていることが多く、達也が思っているより閉鎖的なコミュニティではないらしい。


「昨日の夜、この街でサイファーをやってるスポットを調べたんだー。SNSを見てると結構色んな場所でやってたんだよ」


 あの手作り感満載の地図の正体が、これで判明した。正直なところ、そんな地図を作らずにそのまま連れて行ってくれればいいのにと思ったが、楽しそうに準備していた彼女の気持ちを考えると、無粋なことは言わない方がいいだろう。これはきららなりのユーモアで、彼女なりの方法で達也を楽しませようとしているのだ。それを無下にするのは、さすがに気が引けた。


 ただ、これだけは言っておかないといけない。


「……ちなみに僕はやらないよ?」


 無茶ぶりを警戒して釘を刺したつもりだったが、きららはとても残念という表情を浮かべた。まさか本当にいきなり参加させるつもりだったとは。


「いや、なにその顔」


「え、だってー。田中君と一緒にやりたかったし……」


 ふてくされたような声を出すきららに、達也は少し困惑しながら答える。


「だってまだやり方も何もわからないし。それに横にはいるからさ。見てるだけでも勉強になるよね」


「……それはそうだけど」


 きららが渋々納得したところで、目的地を知らせるアナウンスが車内に響いた。二人はその音に促されるように、電車を降りた。


(鈴木さん、テンション上がってるなぁ)


 達也の発言に一瞬落ち込んだように見えたが、きららの足取りは軽やかだ。平日の夕方前で比較的人通りの少ない駅構内を、彼女は弾むように進んでいく。


 西口を抜け、駅から外へ出ると、うだるような暑さと見慣れた景色が広がっていた。古本屋や、何か偉業を成し遂げたらしい人物の銅像、そして何を模しているのかさっぱりわからないモニュメントの横を通り、橋を渡る。橋を渡りきると、下に降りる階段があり、そこから川沿いに出ることができた。橋の上から見下ろしていたときよりも、実際に立ってみると道幅は広く、カップルたちが本当に等間隔で並んでいることがよくわかる。


「田中君は三条、よく来るの?」


「いや、たまにだよ。それに川沿いに降りたのは初めてかも」


 翔子とたまに買い物に出かけることはあるが、橋の下に降りることはほとんどなかった。降りる駅は同じでも、三条のこのような景色を見るのは初めてだ。橋の上では街の喧騒が響き、下では川のせせらぎが独特の音を奏でている。雰囲気は確かに良く、カップルたちが集まるのもなんとなく理解できた。


「こんなところでサイファーをやってるの?」


「そのはずなんだけどね……」


 きららはスマホを片手に辺りを見回す。SんSで告知されていた場所の写真を頼りに、目当ての場所を

探しているようだ。するとどこからともなくズンズンと音楽が聞こえてきた。


「あ、きっとあれだ!」


 きららの指さす先を見ると、五人ほどの若者がスピーカーを囲んで円を作っている。各々が身体を揺らしたり、手を前に突き出したりしながらリズムを取り、交代でラップを口ずさんでいた。


「あの中に入っていくの? ……ってあれ?」


 達也が声をかけると、すでにきららの姿は消えていた。周囲を見渡すが、彼女はどこにも見当たらない。嫌な予感がして、先ほどの集団の方を見ると、きららは既にその輪の中に入りかけていた。すでに参加の了承を得たようで、満面の笑みを浮かべながら達也に向かって手招きをしている。


「怖くて参加できないとか言ってたの、絶対嘘じゃん……」


「田中くーん! 早く早く!」


 とぼとぼと呼ばれた方に歩き出す達也に向かって、きららがとても嬉しそうな声を飛ばした。ここまできて逃げるつもりはさらさらないが、素直に足は言うことを聞いてくれない。まるで死刑台に登る気分で、達也はきららの元へと近づいていく。


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